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□月夜の晩に
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妖パロ ※少し注意 r15程度




「はっ、はっ、…っはぁっ、」


苦しい

心臓がばくばくと五月蝿い

くらくらする

けれども駆ける脚を止めてはいけない

何故?
(分からない)

何があった?
(分からない)

何かを言われた?
(そう、言われた)


言われていた



『気持ち悪い、何故あんなものがこの村に』


『何処から来たのかも判らぬ』


『あの色、鬼ではなかろうか』


『あぁ、恐ろしや』


『しかし、あれには恩がある』


『仕方なかろうて』


『死ぬまで待つしかあるまい』


『まったく、』




『早よう死んではくれないものか』




ガッ


「うっ…おっ…!?」


木の根に脚が引っかかり前へとつんのめる。思わず傍にあった木の枝を掴むがそれは細く簡単に折れてしまって、そのまま地面へと倒れ込む。枝を握った手の平に鋭い痛みが走った。


「いっつぅ…」


しばらく痛みに耐えうつ伏せから仰向けに身体を動かす。空はすっかり橙色に染まっていてうっすらと群青に浸食されてきている。
真っ白な月は静かに自分を見下ろしていた。

自分は何をしているのだろう。

彼処から逃げようとしていたのだろうか。何処にも行く宛などないくせに。

ゆっくりと身体を起こしぐるりと辺りを見回す。そうすると案外近くに池があって顔についた泥や砂を流そうと思った。

池は意外にも綺麗で小さくはあるが魚も泳いでいた。すっと手を入れる。そうすると水が赤く染まった。


「あれ…?」


目を瞬かせ手の平を見ればこれまた綺麗な赤い一本線が通っていた。転んだときに握っていた枝で切ったのだろう。ぼーっと見つめる。何も感じない。ただただ、あぁ、出来たなぁと何処か他人事のように思うだけ。

どれくらい、そうしていただろうか。
いつの間にか辺りは真っ暗で風さえも吹いていない。明かりは空高く昇り冷たい光を放っている月だけで。不気味なくらいに静寂な空間に低い声が響いた。


「誰だ」


低い男の声に先ほどまで風なんか吹いていなかったのに周りの木々が木霊するようにざわざわと騒いだ。ふっと声のしたほうへ視線を向ける。暗い森の中から出てきたのは片目の男だった。紅い派手な着物をきて黒い羽織を翻す。暗闇から覗く鋭い鉄色の瞳が酷く印象的だった。


「人…?」


自分の姿を視界にいれ訝しげに眉を顰めた。今更だが男は整った顔立ちをしていた。


「人の子がこんな所で何をしてんだァ?」

「……る…か?」

「あぁ?」

「俺が人に見えるのか…?」

「はぁ?」


自分の言葉に何を言っているのだ、というように男は顔を歪ませる。しかし次の瞬間、得心がいったようにあぁ、と声を漏らした。


「人にしちゃァ、確かに珍しい色してやがんなテメェ」

「………」


物珍しげに遠慮なく視線を寄越しながら男は近付いてくる。


「だが、匂いはまんま人のやつだなァ」

「人のやつって…」

「あ?俺ァ人じゃねえからな」


そういって態とらしくニヤリと歯を見せながら男は笑う。その時、見えた自分のものとはまた別の鋭さを持つ八重歯に、骨ばった長い指から生える刃物のような爪を見て口を開いた。


「鬼か…」

「正解」


男は己が鬼だと分かっても何も変わらない態度に興味を持ったのか、すっと腕を伸ばし顎を捉えぐっと上へ顔を向かせた。紅い石榴のような瞳が男を捕らえる。


「変わった奴だな、悲鳴も命乞いもしねぇのか」


大抵の奴はそうするんだがなァ、と嘲るように男は笑う。


「別に、んなもんしねえよ」

「ほう…」

「寧ろこの状況は俺にとっちゃあ、願ったり叶ったりだぜ」


ニヤリと笑い返してやれば男は密かに眉を顰めた。それが何だか可笑しくてさらに口元を歪ませた。男の顎を捕まえていた手を取り首へと持って行く。

どうせ戻る気もない。行く宛もありはしないのだから、丁度いい。


「なぁ、鬼さん。俺を喰ってはくれねえか」


自分の言葉に驚いたように男は目を丸くする。この男に自分はどう写っているのだろう。鬼にわざわざ喰ってくれと頼むトチ狂った男か、それとも死にたがりの馬鹿な男か。どちらも当たっていて、どちらも外れている。

別にトチ狂ってなどいないし至って正気である。死にたがりな訳でもない、どうせなら生きて生きて生き抜きたい。けれど、そうするには自分にはもう居場所がなかった。

だったら、


自分を人だと認めたこの片目の鬼に喰われて死にたい。



じっと待つ。暫くすると男が顔を近づけてきた。それを見て自分は静かに瞼を降ろす。きっとさっき見たあの鋭い牙に咬まれ肉を抉られるのだろうな、と頭の隅で考える。不思議と恐怖はなかった。

しかし、きた感覚は痛みなどではなくて柔らかなものが首を啄むものだった。


「は……?」


一体、何が。
そう思って瞼を開くと同時にドンッと押し倒される。そうして、また首を啄まれた。


「ちょっ…何してっ……、んっ…」


鼻のかかった少し上擦った声が漏れる。それが急に恥ずかしくなって咄嗟に腕を口元へ持ってきて声を抑えた。男はそんなこと気にせずにひたすらに首元に唇を寄せる。


「断る」


急に首を啄んでいた男が言葉を発した。初め何が断るなのか分からなかったが、すぐに自分が言ったことに対してだと分かった。

顔を首元から離し、覆い被さるように両脇に手をつき上から自分を見下ろす。男の背中から月が出ていた。眩しさに目を細める。


「わざわざ喰われたがりを喰うのは趣味じゃねぇ。それに、」


ぺろりと頬を舐められる。舐められたところから熱くなるのを感じた。


「俺に、テメェは甘すぎらァ」


そういって笑う鬼は、酷く艶やかだった。








月夜の晩に
(駆け抜けた先に出逢ったのは、隻眼の鬼)






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続きません。
書きたいところ書いたら収集つかなくなって結果こうなりました。おうふ。

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