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□ろくでなしのてがみ
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 ある日、突然騒がしい昔なじみが持ってきたのは古く色褪せたおもちゃのようなポストだった。両の掌で収まる程のそれは、何でも離れた場所にいる相手に真っ直ぐ手紙を送ってくれる代物だという。対になるポストを相手に渡しておけばこちらから投函した手紙が届き、逆に相手からの返事も送られてくるらしい。随分前に作り出されたはいいが結局、発売には至らなかったものだと坂本は言った。

「遠く離れた相手に何かを送るゆうのは莫大なエネルギーが必要ぜよ。その対象の大きさや重さに比例してエネルギーの量も変わる。そんなものを大量に作るんはむつかしゅうて。」

 さらには共同制作をしていた技術者も途中で対となる片方を持ち出し雲隠れしてしまい長い間、倉庫の奥で眠っていたらしい。しかしエネルギー自体は多少残っているようで送る物の質量によるが何回かは使えるのだそうだ。

「そんなわけで、金時にプレゼントぜよ!」
「いやどんなわけだよ。つうか金時じゃねえクソモジャ。」

 無理やり渡されたポストは見れば見るほどみすぼらしい。積もった埃も申し訳程度に拭われただけで、プレゼントというよりは処理に困ったガラクタを押し付けたようである。実際、そうなのだろう。中途半端にエネルギーが残った状態で廃棄しようとすれば何かの拍子で暴発するかもしれない。それを避けるためにも使い切ってしまってからの方が危険はないだろう。

「任せた金時!」
「いらねえ持って帰れ。」
「そう言わんと。」
「そもそも、俺ぁ手紙なんざ書かねえ。」
「手紙じゃなくともよか。」
「あ?」

 相変わらず馬鹿みたいな笑い声をあげて愉しげに坂本は口を開く。

「メモでも仕事の愚痴でも何でもよか。金時が書いて、いれる。それだけでコレは役目を果たすぜよ。」

 そういって坂本はカミソリ副官に引きずられ宇宙へと再び旅立っていった。

 ポストはこのままぶん投げてしまおうかとも考えたが、何の拍子で暴発するかもわからない物を捨てるのも忍びなく、仕方なしに机の上に置いた。といってもやはり邪魔である。元々、何かを飾るという嗜好は持ち合わせていない。見つめれば見つめるほど坂本の馬鹿みたいな笑い声が聞こえてくるようで苛つきは増すばかりだ。引き出しから紙とペンを取り出す。結局これを早々に処分するには残っているというエネルギーを使い切るしかないのだ。メモ用紙にでかでかと『馬鹿モジャ』と書き、ポストの投函口に近づける。すると、ひゅるりとメモ用紙が吸い込まれていった。

「おわっ。」

 普通のポストと同じように投函するという気持ちで近づけたのでこれは不意打ちだった。しかし、これは実際にやってみると成程。

「……面白いじゃねえか。」

 認めたくはないがなかなかクセになる感覚だった。




 それからも時々、何か書いてはポストに投函していった。また、物体は送れないようになっていることが使っていって分かったことだ。一度、鼻をかんでゴミを送ろうとしたところうんともすんとも言わず、よもや壊れたかエネルギーがなくなったかと思ったのだが別にメモをしていた用紙を近づければ今まで通りひゅるりと吸い込まれていった。本当に手紙を送るためだけに徹底され作られたものらしい。
 それでも何かを書いて送るという行為はなかなか楽しかった。わざわざ外に出かけて投函する必要がないという手軽さもあるのだろう。

『金ない』
『定春を洗った』
『パフェがたべたい』
『ババア 家賃』
『しんぱちが割れた』
『米 しょくひ かぐら すこんぶ買う』

 くだらないその日の出来事からちょっとしたメモまで。
 そんなことを繰り返していく中で思い出したことがある。昔、塾で手紙の交換が流行ったのだ。誰がやりだしたのか今になっては分からないが、松陽までもが愉し気に混ざってきたものだから一気に広がった。そんな中、桂が高杉と自分に手紙を渡してきた。「流行りだからな!」と渡されたそれには近所のどこそこの猫のモフモフが素晴らしいだの、もっと真面目に授業を受けろだの、説教じみたことまで書かれていてうんざりしたが、それ以上に誰からか手紙をもらったのが初めてだったので密かに舞い上がり、だからこそ、返事を書いてやろうという気持ちにもなった。しかし、いざ書こうとすると上手くいかないもので何度も書いてはクシャクシャと紙を丸め、頭を抱えた。そんなときだ。あいつが声をかけてきたのは。

「下手くそ。」

 高杉は失敗しその辺に投げ捨てていた残骸を広げながら、馬鹿にしたような笑い顔を自分に向けていた。カッと頭に血が上り羞恥やら怒りやらで「うるせえ!」と思いの外、大きな声が出たがそんなもの関係ないという風に高杉は自分に近づきあろうことか隣に腰を下ろすのだ。一体なにを考えているのかと睨めば、それさえも一瞥し勝手に筆を手に取りサラサラとなにかを書き連ねる。

「おら。」

 バッと目の前にさらされたものに目を向ければそこには美しく丁寧に書かれた自分の名前。本当になんなのだと頭に疑問符を浮かべていれば高杉は口を開いた。

「俺が書き方、教えてやらぁ。」

 ほら、筆ちゃんと持て。
 そう言ってどこまでも勝手な彼奴はほんの少しの間、自分の字と文の先生となった。




「銀ちゃーん、なんかこれピカピカしてるヨ。」
「ほんとだ。銀さんこれそろそろ電池切れるんじゃないんですか。」
「あぁ?」

 言われてポストを見れば郵便マークの部分が確かに点滅している。使い続けて1ヵ月と少し。思ったよりも長く続いたそれはそろそろ寿命らしい。あと1、2回といったところだろうか。

「銀さん、何だかんだ言って気に入ってましたよね。」
「別に気に入ってなんかねえよ。」
「はいはい。そうだ、最後くらいちゃんとした手紙書いてみたらどうですか?」

 最後なんだから。新八の言葉に少し心が揺れる。結局、ここまで使ってきて手紙らしい手紙を書かないできた。書こうと筆をとったこともある。しかし、いざ書こうとすると頭にあの頃の、彼奴との記憶がよみがえりピタリと手が止まった。

「手紙、ねえ。」








『正直、今でも手紙というものを書くのは得意ではないし、あまり書きたいとも思いませんが、このポストの本当の役目を果たさせるのにも、そして何より自分のけじめをつけるのにもいいと思い立ち今、筆を執っています。
その昔、私に字と文の書き方を教えてきた奴がいました。当時の私は所謂、運動はできても勉学となるとてんで駄目になる人間でしたので、授業中に寝るのなんか当たり前でよく師からも拳骨をもらっていました。元々、教養なんてものを学ぶことがなかった幼少期を過ごした日々が長かったせいもあり、字を書く、文を考えるという行為が一段と苦手だったのです。だからこそ、手紙の返事を書こうと思ったものの上手くいかず何度も失敗したのは必然でした。そんなとき、奴が声をかけてきたのです。初めこそ、馬鹿にしに来ただけだと思い睨みましたが、奴はそれを無視してあろうことか私の隣に腰を下ろしたのです。そうして勝手に筆をとり、私の名前を書いて、俺が教えてやるとのたまいました。何を勝手なことをと思いましたが、奴の字は確かに美しく丁寧で、私に言うことは字の汚さの原因や直すべき文の構成を的確に捉えていました。こうやって書くのだと手本を見せ、サラサラと筆を動かす奴の姿に少なからず見惚れていたのを覚えています。本当に悔しいことに。それでも、その甲斐あってか、無事に手紙の返事を渡すことが出来ました。
初めに手紙というものを書くのは得意ではないと書きましたが、同時に手紙を書こうとすると否が応でも奴と二人で過ごした日々が思い出されるからでもあります。その日々が悪くなかったと思うから余計に。手紙というのは返事があったほうが嬉しいものだと、ここ最近、改めて認識しました。一方的に送るというのはやはり寂しいものです。奴とは一度も手紙のやり取りをしたことはありませんでした。手紙を渡せば律儀な奴のことですから、何だかんだと言いながらも返事をくれたでしょう。しかし、もしも返事がなかったら、そもそも受け取ってくれなかったらと柄にもない女々しいことばかりが頭に浮かび、結局一度も渡すことは叶いませんでした。この手紙もあの頃の私ができなかったことを、今になってやっているだけに他なりません。けじめだなんだと言いましたが、こうして書き連ねることで自分を納得させ、自己満足に浸っているのです。この手紙に返事はありません。きっと、どこか知らない場所に吐き出され風化していけばいい、そうあるべきだと思います。奴に渡せなかった手紙はそれがお似合いですから。』




 真っ白な封筒に入れ、そしてポストに投函する。あいも変わらずひゅるりと音を立てて吸い込まれていった。
次の日の朝。今日の朝食当番は自分だったため早めの起床だ。台所に向かう途中、ふと机に目がいった。見覚えのない封筒が一通置かれている。丁度、ポストの前にあるそれを手に取り開いた。




『手紙を書くのは何年振りでしょうか。今の時代、メールだなんだと手紙なんかよりも余程、手軽になりましたから仕方ないことかもしれません。私の知り合いにもメールばかりしている人間がいますから余計にそう感じます。しかし、手紙もそう悪くはないものだと昔から私の考えは変わりません。
その昔、私はとある奴に字と文の書き方を教えたことがあります。当時の奴は悔しいことに私よりも運動の面で優れており、何度も勝負しては返り討ちにあっていました。しかし徐々に私も対等に渡り合えるようになっていったのですがこれは語らずとも良いでしょう。そんな奴とですが渡り合えるまで唯一、優れていたことといえば勉学の面でした。基本的な教養は幼少期から学んでいましたし、自分自身そういったことを学ぶのは好ましい部類でしたから。だからこそ、奴が悩んでいる姿を見て好機だと思いました。一本、線を引いてその向こうから私や他の者たちを見ているようなそんな態度をとるのが奴でした。対等な位置で向かい合うのはそれこそ師だけであったと思います。それが腹立たしくどうにかして自分と同じ立場に引っ張るか、その頃の私はそんなことばかり考えていました。同じことを感じていたからこそ、あの男も流行りだからと理由をつけて奴とついでに私に手紙なんぞを渡してきたのでしょう。果たして、男の目論見は成功し手紙に返事を書こうと四苦八苦している奴に私は便乗するように字と文の書き方を教えることを申し出たのです。初めに馬鹿にしたこともあってか口では悪態をつきながらも、しかし手は素直に動かしていました。そうして一つ一つの文字の大きさがバラバラだったり、曲がっていたり、潰れていたり、めちゃくちゃだった文の構成も少しずつ直っていきました。私に笑われたのが余程悔しかったのでしょう。こっそりと一人の時も練習をしていたようでした。眉を顰めながら真剣に紙に向かい、上手くいくとゆるりとその表情を和らげました。その変化にほんの少し、ほんの少しだけではありますが、胸が高鳴りました。その後、無事返事を書き終え私の役目は終えました。
もし、私も手紙を書き渡したらあんな風に真剣に返事を書いてくれるのだろうか。そんな馬鹿なことも考えたことがありましたが結局、奴とは一度もそういったやり取りをしなかったので分からずじまいとなりました。そうして最近、そんな奴の字を見る機会が一方的にありました。それは愚痴であったり、何かの走り書きであったりと何でもないようなものでしたが、けれど、変わらぬ奴を垣間見たようで自然と呆れにも似た笑いがもれたのは仕方のないことだと思います。そうして最後に奴からの手紙を読みました。初めて読んだ奴の手紙に、仮に返事を送るのであれば、あいも変わらず字も文も下手くそのままだな。また、初めから教え直しだ。ということでしょう。きっと自分たちの手紙の返事なんてそんなものでいいのだと思います。』




 手紙を広げたときに香った懐かしい匂いだとか、見覚えのある字だとか。そんなものが吹き飛ぶような手紙の内容だとか。全てひっくるめていうとしたら一言である。

「さいあく。」

 顔の熱さはしばらく引きそうにない。

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