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□黒と亜麻色の狗
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暖かな春の風が頬をくすぐる。鳥が囀り心穏やかにしてくれる気持ちの良い午後。
樹は動かしていた箒を一旦止め、すぅと息を吸った。
(気持ちいい…)
ふっと目を細め庭へと目線を向ける。枝垂れ桜が美しく咲き誇っていた。薄紅色の花弁がふわりと舞う。
(そういえば、今日のおやつは桜餅だったっけ)
樹の頭に上機嫌に話す銀時の姿が思い浮かぶ。高杉が以前、所要で京都へ赴いた際にお土産として買ってきたものだ。
(お茶は緑茶かな…)
今日は天気が良い。縁側で桜を見ながら食べるのも良さそうだ、と樹は口元を緩めた。
「何一人でニヤついてんだ」
ふいに声が聞こえその聞こえたほうへと振り向く。そこにはついこの間、嫌というほど見た黒い隊服。それを視界にいれた瞬間、樹は気付かれないよう眉を顰める。
今日は天気が良くて、桜も綺麗できっといつもと変わらない平和な日になるのだろうと思っていたが。
前言撤回。
(私の心は平和じゃありません)
樹の目の前には真選組副長、土方十四郎と一番隊隊長、沖田総悟の姿がそこにあった。
おさらいだが前回、樹は空き巣の天人に襲われた。しかし元々身に付いていた武道の技術を生かし天人と渡り合ったが、最後にピンチに陥り危ないところを高杉と銀時に助けられこの一件は解決した。
したはずだったのだが、元からその空き巣の天人を追っていた真選組の事情聴取があったのだ。
その事情聴取を行ったのが先の二人。八つ当たりに近いのだが、そのせいで樹はあまりいい印象は持っていない。
「本日はどのような御用で」
どこか固い樹に沖田は内心苦笑しながら答える。
「安心しなせィ、また事情聴取ってわけじゃねぇよ。今日は普通に旦那の様子を見にきただけでさァ」
そう言って沖田は手に持っていた紙袋を樹に見せるように上へと上げた。
その紙袋には見覚えがあった。江戸で最近、人気が出てきた甘味屋のものだ。きっと銀時のお土産に持ってきたのだろう。
「分かりました、ではご案内致します」
(桜餅…お預けだな)
コトリと三人に湯飲みを置く。桜茶だ。予定では緑茶だったが桜餅ではなくなったため変更に。ふわりと桜の優しい香りが鼻を突き抜ける。
「んー!やっぱうめぇな、この団子」
頬を綻ばせ幸せそうに食べる銀時に沖田と土方は気持ちを高揚させる。銀時は本当に美味しそうに食べるのでお土産を買ってきたこちらとしても嬉しいのだろう。
「喜んで頂けてよかったでさァ」
「いやいや、これマジで旨いよ。それに今日は桜餅も食べれるし、いやラッキー」
「銀時様、桜餅は無しですよ」
「マジでか!?」
樹の言葉に絶望したように声を上げる。
「えぇええ!なんで!?」
「銀時様、糖尿なりかけなんですから控えなくては駄目です。高杉様からも申し付けられているんですから」
「いつの間に!」
「先日の検診日に。只でさえ怪我であまり動けないのに甘味なんか食べ過ぎたら絶対太ると仰ってました」
樹、もとい高杉の言葉に言い返せない銀時はぐっと言葉を詰まらせる。
そんな会話を聞いていた土方たちは気になる台詞を耳にし口を開く。
「……まだ、悪いのか…」
「へ?何が?」
首を傾げ土方を見れば土方の視線が自分の足にいっていることに気づき苦笑する。ちらりと沖田も見れば土方と同様だった。
「んー、まぁ完治とまでいってねぇな。杖がなきゃ立ち上がれねえし」
けらけらと笑いながら気楽に話す銀時に土方たちは内心ため息をつく。
この男はいつも自分のことに対して無頓着だ。倒幕の際、再び共にいるようになった高杉に言われ以前よりは幾分かましになったがまだまだ意識は薄い。
というか、今まで自分たちが言っても余り意識してくれなかった銀時が高杉の言葉で変わったのはなかなか悔しくもあった。
そんな考えを払拭するように改めて沖田は銀時に言葉を返す。
「そうですかィ、まぁ悪くなってるわけじゃないようで安心しやした。次はリハビリも兼ねて是非屯所の方にも顔出してくだせィ」
「あーそうだね、ゴリラやジミーは相変わらず?」
「へい、近藤さんは相変わらず姐さんのストーカーに山崎はミントンしてますぜィ」
「変わらないねぇ、マジで」
呆れたように言葉を漏らすがその瞳は優しげに細められている。そんな銀時を傍で見ていた樹は薄く笑った。
暫く話し込み気づけば空は橙色に染まる時間帯。それに気付いた土方たちは立ち上がる。
「ながなが、失礼しやした旦那。また次の機会に」
「まぁ、気が向いたら屯所にでも顔出しに来い。近藤さんも喜ぶ」
「おー、今日はわざわざすまねぇな。ゴリラにもよろしく言っといて」
二人の言葉に笑いながら返事をする銀時を横に、樹は立ち上がり二人を案内するように歩く。
「お送りします」
「んじゃ、俺もしますか」
「珍しいなテメーが見送りなんざ」
「銀さんだってやりますぅ、…よっと、」
「銀時様ご無理をなさらず…」
樹が杖を使って立とうとする銀時を気遣うよう言葉を掛けるがそれは無駄に終わる。
「でぇじょうぶ…っと…!」
「坂田!」
「旦那!」
身体をよろめかせた銀時を抱き留めようと土方たちが前へと出るが目の前に紫が過ぎる。
ぽすんっ
「大丈夫かァ、銀時ィ?」
からかうような声が銀時に掛けられた。
「高杉…」
驚いたように自分を抱き留めた男、高杉に銀時は視線を向ける。
「無理してんじゃねェよ」
「…うっせ」
気まずいのか視線を泳がせる銀時に高杉はフンッと一笑するが、その腕は銀時の身体を気遣うように支えていた。
「よぉ、久しぶりだなァ」
「…あぁ」
無意識に顔をしかめ返事をする土方に高杉は面白そうに嘲う。
(本当にコイツはいけすかねぇ…)
性格も銀時に想われてるところも。
「…高杉、もういいって」
何時までも支えられているのは色々と拙い。グッと銀時は高杉と離れるように腕に力を入れるが、高杉はそんな銀時の行動とは反対に土方たちに見せつけるよう身体を更に密着させた。
「ちょっ…!」
「「………」」
顔を赤らめる銀時に無言で高杉を睨みつける土方と沖田、そして高杉と銀時を何故かガン見する樹。
「…樹ちゃん、何でそんなガン見なの」
「お気になさらず、心のビデオに録画中なだけなので」
「どこに気にならない要素が!!?」
「知らないんですか、銀時様。人間の脳と目に勝るビデオカメラは無いんですよ」
「ただの迷言だよ!!!」
ハァと疲れたように銀時はため息を零す。
「おまえ等もいい加減にしろよ…」
銀時の言葉にハッと土方は我に返り気まずげに煙草をくわえ、沖田はにこりと笑う。
「すいやせん、旦那。今日はこれで失礼しまさァ」
「うん…そうして。俺ァもう疲れたよ…」
「へい、次会うときは高杉がいないとこで会いやしょう」
「うん……ん?」
「それじゃあ、これで。失礼しやした」
「ん?沖田くん、さっき何か可笑しな台詞が…」
「養生しろよ、坂田」
「アレ、土方くんもスルー?」
「九重、さっきの銀時ちゃんとカメラに撮ってだろうなァ」
「抜かりありません。頭にも目にもそしてこのカメラにもバッチリです」
「え?そちらさんは何して……樹ちゃん?その手に持ってるカメラは何?アレ、ちょ待ちなさ…逃げるなテメー等!」
今日は天気が良くて、桜も綺麗でいつもと変わらない平和な日とは少し違ったが。
黒と亜麻色の狗
(賑やかで楽しいことに変わりはない!)
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オチ?そんなもの知りませんムシャァムシャア←
補足:樹の銀さんの呼び方が坂田様から銀時様に変わったのは前の天人の一件で絆が深まったことと前々から名前でいいよって言われてたという裏話があるからです←