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□太陽と月と晴天と
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「酒だー!!酒持ってこぉぉい!!!!」

金にしては少しくすんだ色の髪を結い上げ、顔に傷はあるものその美しい顔立ちはハッとさせられるものがある。しかし、普段の冷静な表情とは裏腹に今は真っ赤に染め上げ目も据わっている。片手に酒瓶を振り回し酒を催促するその姿は吉原の月だと慕われ、百華の頭領である姿とはかけ離れていた。かけ離れすぎて付いていけなかった。まさに酒乱。彼女の足元には自分がお仕えしている銀色の姿もある。白目むいて。


(どうしてこうなったんでしょう…)


ついでもらったお茶を啜りながら自分は記憶を振り返っていった。




* * * * *


お登勢の店を後にし次に向かったのは女の園、吉原だった。正直、銀時がここまで交友関係が広いとは思っていなかった。そう思ったことが顔に出ていたのか、目が合った時苦笑を返された。昔から何かと無茶をしていた、といつか新八から話に聞いたことはあったがこれも無茶をした結果の繋がりなのだろう。面倒事には首を突っ込まないと言っておきながら結局、最後まで付き合ってしまうのは銀時の人柄でもあり性でもあった。


「銀様〜」
「あぁ、銀様がいらっしゃったわ!」
「怪我はもういいのかしら?」
「杖を使っているわ」
「でも、元気そうよ」
「えぇ、えぇ。銀様元気そうね」


あちこちからわっと声があがる。そのどれもが喜色に染まっていて、銀時へ向ける感謝や敬愛の想いが感じられた。どれだけ、無茶をしようとも最後にはその場所にいる者から慕われる。そのことが、とても嬉しかったのだとも新八は笑って話していた。


「銀さーん!」

「おう、晴太」


目の前から小走りに手を振りながら近づいてきたのは茶髪の少年、晴太は銀時の顔を見ると嬉しそうに破顔した。


「久しぶりだなぁ」

「本当だよ!銀さんもう怪我は…」

「すっかり治ったぜ、つってもまだ杖なしはきちぃがな」

「そっか…でも、オイラ会えて嬉しいよ!母ちゃんと月詠姐も待ってる!」

「んじゃ、急ぐかね」


『月詠姐』という名前を聞いた時、一瞬銀時がピクリと反応したような気がしたが、その後、自分に気付いた晴太は慌てたように遅れて挨拶をしたことによって改めて確認することは出来なかった。そして、晴太にこっそりと屋敷での様子を尋ねられた。銀時本人の言葉だけでは確証が持てなかったらしい。思わず笑ってしまった。




* * * * *


茶屋で出迎えてくれたのはまるで太陽のように明るく笑う人だった。


「久しぶりだね、銀さん。会えて嬉しいよ」

「おー、さっき晴太にも同じこと言われたわ」


やっぱり親子だねぇ、と言う銀時に太陽、日輪は優しく微笑む。


「ありがとう。せっかくだしお茶でも飲んでって。美味しい茶菓子もあるんだ」

「それはありがてぇな」


そういや月詠は?、そう尋ねた銀時の言葉は最後まで続かなかった。何故なら、クナイが飛んできたから。そしてそれが銀時の額に刺さったから。

とりあえず銀時様大丈夫ですか。

そう思い近付こうとした時。


「やぁ〜だぁ〜銀様じゃないの〜」


茶屋の奥から出てきたのはくすんだ金髪の美人な女性。ただし顔が真っ赤になっていて、さらには呂律も回っていない。酔っ払いである。完全なる酔っ払いである。「ちょっと付き合えよぉ〜ヒック…」そうして銀時はズルズルと引きずられていき、そして酒乱となった月詠に絡まれ冒頭の場面へと戻る。




* * * * *


「ごめんなさいね、月詠ったら銀さんに会うの凄く緊張してたみたいで…水でも飲んだら落ち着くと思ったらしいんだけど間違えてお酒飲んじゃったみたいなの…」

「いえ、お気になさらず。高杉様も度が過ぎなければ銀時様の好きにさせておけ、とのことでしたのでこの程度…」

「……この程度なの?」


晴太が何か言ったような気もするが聞こえなかった。私は知らない。穏やかにお茶を啜りながら目の前で起きている死神太夫の催しもの(という名の酒乱模様)を見ている姿はさぞかしシュールだろう。時々、向こうから「樹ちゃ…助け……」と銀時が何か言ったような気もするが聞こえなかった。私は知らない。ごめんなさい、銀時様。流石の私も酔っ払いの相手は苦手なんです。


「月詠、銀さんに振られてから久しぶりに会うから、上がっちゃうのはしょうがないんだけどね」

「振られてからって……」

「戦争の時はね、ここを会合場にしたり場所を貸してたりしたんだよ」


その時にね、と微笑む日輪はどこか困った顔をしている。


「でも、いざ告白したら銀さん相手いるし、しかも相手がいる隣の部屋でやっちゃったから余計にダメージが凄いんだよ、月詠姐」

「それは……」

「まあ、まさか相手がそこにいるとは思わないもんね。しかも男だし、予想の斜め上だよ」

「………」


それは、そうだろう。まさか自分の想い人の想い人が男だったのだから。少なからずショックだったに違いない。思わず黙ってしまった自分に日輪と晴太は慌てて否定する。同じような困った顔で慌てる二人は本当にそっくりな親子だった。


「別に銀さんとあの人のこと否定してるわけじゃないんだよ!」

「銀さんが幸せなら、その相手が女だろうと男だろうと宇宙人だろうと犬だろうと誰だっていいのさ」

「いや、母ちゃん。犬はないよ、犬は」

「月詠も納得してることだしね」


それでもね、と言葉を続ける日輪の視線の先には銀時に筋肉バスターをかけている月詠とかけられて(白目を向き、泡を吹いて)いる銀時。


「吉原を…私たちを、ずっと護ってばかりで女を捨てていたあの子にとっては、初恋だったろうから」


どうしても。


「悔しいって思っちゃうんだろうねぇ」




* * * * *


「…おい、」

「なんじゃ」

「いいのか…あれ…」

「ふんっ…日輪も晴太も引きずりすぎじゃ。わっちはもう、ふっきれとる」


そうすましたように小さな声で呟く彼女は、未だに酒のせいで赤い顔のままであったが果たして本当に酒だけのせいだろうか。それでも、凛とした横顔は美しかった。


「なんつーか……すまね、」

「言わなんし、わっちは謝って欲しい訳ではないとあの時も言ったはず」

「……そうだったな」


想いを寄せられていたのは知っていた。それでも、気付かない振りをしていたのは(腹立たしいことだが)自分の中にあの男がずっといたから。同じ想いを返せないと思ったからだ。

けれど、この気高い月は笑ったのだ。

分かっていた、と。
想いを自覚した時から知っていた、と。

それでも、


──わっちは、嘘を吐きたくない


あの時のことを思い出し銀時はふっと笑う。


「…本当に、お前いい女だよ」

「では、こんないい女を振ったぬしは悪い男じゃな」

「くくっ…違ぇねえ」


だが、自分は後悔していないのだ。

それは、どれだけ───






「幸せなことなんでしょうね」

「…そうね」


こっそりと、そしてちゃっかり聞き耳を立てていた自分と日輪は笑った。





太陽と月と晴天と
(後悔なんてしていないから、今がある)





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とりあえずこれにて日常扁は終わりです。
次回からオリジナルストーリー八百比丘尼扁が始まります。

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