ネタ発展場

□地獄の沙汰も金次第
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幽霊は存在するよ。
その情報、いくらで買う?


《零―餓鬼》side丸井


出会いは突然に、なんて少女漫画みたいな台詞を自分が使うなんて思わなかった。
図書館で会った彼女は、いかにも文学少女らしい子。
シンプルなチタンフレームの眼鏡におさげなのにただの地味子には見えないのは、その子の容姿が整っているからだ。
俺と目が合うと、照れたようにふにゃりと笑う顔。
手を振ると遠慮がちに振り返してくれる細くて小さな手。



やべぇ、一目惚れした。


俺は彼女に話しかけた。


「本、好きなのか?」


彼女は少し驚いたように目を見開くが、やがてそれを細めて俺に表紙を見せる。


「“罪の糸”?」


「……そう、暁玲夜が、好きで」


初めて声を聞いた。
小さくて聞き取りづらいが、なかなか可愛い声をしている


「確か有名だよな、暁玲夜」


「……知ってるの?」


何か有名な賞を取った作家だということくらいだが。
作品は読んだことがない。
あらすじに目を通して、結局手に取らなかったのだ。


確か、人間の欲が生んだ現代の地獄を描いたホラーだったと思う。
結構グロいとそのテのマニアからは評判で、賛否両論がハッキリしているらしい。
女子が好むとは思えない、激しい内容だった。


しかしここで引いたら、負ける。
そう思って顔に目一杯笑顔を浮かべた。


「知ってるけど、読んだことねぇんだ。よかったらオススメ教えてくんね?」


そう言うと、彼女は本当に嬉しそうに笑って「木賀 未嶺」と名乗った。
そして手に取った“罪の糸”の作品を解説し始めた。


人肉を喰うようになった男が登場人物。
元々は平凡だが幸福だった生活は勤める会社の倒産で崩れ落ち、始まったのは絶望とも言えるホームレス生活。
あるのは代えもない薄汚い服と、水と、一日分あるかも判らない飲食店の残飯。
ゴミとはいえ盗れば野良犬のように非道なやり方で追い払われた。
公園の水で腹を埋めていたら子供たちに石を投げられて近所から冷たい目で見られた。
空腹とストレスが限界に達して、行き着いたのは人を殺し、人肉を喰らうこと。
何を食べても最早何も感じなかった男はそれに夢中になってしまい、そうなった男を世間は非難する。

そんな男の生き様。


もし俺がそうなら……と考えてしまい、肩を震わせた。
俺は食べるのが好きだが、その食べ物がなくなってしまったら?
人間の肉に手を出してしまうのだろうか。
極限まで飢えればそれを美味しいと感じてしまうのだろうか。


その恐怖が、“罪の糸”のホラーとしての人気なのだろう。
糸……則ち、生きる糧が罪であること。
生と法の天秤。
世間のための犠牲か、それとも一人の人間の為の犠牲か。
男の境遇を、登場人物の中で果たして理解出来た者はいたのか……
彼女の語る解説は、そう締められた。


「……すげー話だな」


「でしょう?……大丈夫?」


木賀は俺の頬に細い指を乗せた。
顔から血の気が引いて、きっと青ざめている。
想像したのがまずかったのか、急に腹に空腹感を感じた。
低く唸るような腹の音が図書館に響く。
うわ、恥ずかしい。
空気読めよ俺の腹。


「ふふ、コレあげる」


木賀がポケットから一粒の小さな飴を出して、俺にくれた。


「ちゃんと食べてね。“罪の糸”の彼にならないように」


椅子から立ち上がり、振り返り際にまたにこりと笑った。



……やっぱりアイツ、いいなぁ




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