佐藤ツインズ

□『一度は捨てたサッカーだけど。』
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同じ年の10月28日、日本代表はアメリカW杯予選における「ドーハの悲劇」を経験する。日本代表が痛恨の同点ゴールを被弾し、W杯切符を逃した瞬間、 サッカーをこよなく愛する佐藤家の父は、こらえきれない悔し涙をかくそうとはしなかった。三浦知良に憧れていた寿人も目は真っ赤に腫れていた。

勇人は泣かなかった。

試合終了を告げるホイッスルが鳴ると「俺には関係ない」と心の中でつぶやき、父と弟を残し、一人でさっさと眠ってしまった。

年末には再びジェフのセレクションが行なわれたが、勇人はここでも落選してしまう。中学入学の4月、2度の挫折を経験した勇人は、穏やかで柔らかな春風さえも、頬に突き刺さる思いがしたに違いない。

「どうして千葉に行くんだ?」。友人たちの問いには、「サッカーをするから」と答えて、埼玉を離れた。小学校1年生のまだ幼い妹は、自分たち兄弟のせいで、友人との別離に悲しんでいる。確かに弟は順調にジェフのジュニアユースに入団したが、自分は──。
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