『道標』
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第8話
【化身】
「はぁ…はぁっ…なんだこのデジャヴは…っ」
そういや雷門に来てからずっと走ってるよな私、体力ある方じゃないからきっつい。
「まあ事態が事態だからな、仕方ねーけどっ…」
とにかくできる限りの速さで走る私。
何故か職員室まで連行された私は、名前など諸々確認してもらい、やっとのこと新入生だと認められ開放された。
軽く注意はされたけど。普通に一人でうろついてただけなのに注意された意味がわからん…。
「頼む…間に合ってくれ…っ」
どうしてこんなに急いでいるのかと言うと、さっき私が相手したシードと雷門イレブンが、サッカー部の存続をかけた試合を始めたからだ。
フィフスセクターは名門校の雷門サッカー部を手中に入れようとしている。雷門が負けた場合は廃部、もしくは存続は許される代わりにシードが加わり何もかも支配されてしまうかの2択だ。
私はこれからの雷門イレブンの同行を見守らなければならない。そのためにここへ来たんだから。
(当初の予定とはだいぶ変わってしまったけどな…)
できる限り接触はしない計画だったんだが、がっつりと顔も見せちゃったしなんならお話しちゃったよ、あとの報告が嫌だなこれは。
あはは、と苦笑いをしたのもつかの間。
見えてきた、サッカー棟の入口だ。
ピー!
聞こえてきたのはホイッスルの音。前半が終了したのか後半が始まったのか、または試合が終わったのか。
(試合の内容は把握しておかなければ…)
スピードをもう少しあげ、ホールへの扉まで全速力。嫌な予感がする、何も起きていないでくれ…!
「っはぁ…はぁ…これは…っ」
その予感は的中した。
グラウンドには、傷まみれになって倒れている雷門の選手たちがいたのだ。
そしてフィールドの中心にはシードの剣城とキャプテンの神童拓人、そして…、
「あの子…」
さっき剣城と1on1をしていた、あの男の子が立っていた。
(どうしてあの子が)
あの男の子が試合に参加していたのは想定外だったけど、試合内容は予想していたとおりだ。圧倒的な点差。今の雷門イレブンではあのシードに勝てる見込みがないのだ、当然だ。
だけどあそこまで痛めつけられるなんて。
「私もあそこに加わることができれば…っ」
でもそれは許されない。私の使命は彼たちを見守ること。ボロボロになった選手たち、そして苦しそうなあいつがすぐ目の前にいるのに、手をさしのべられないなんて…こんなに歯痒いことは無い。
ぎゅっと拳を握りしめる。
「…負けないでくれ、
─────拓人」
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剣城「俺たちに勝つことなどありえない。お前たちのサッカー部は終わりなんだよ」
神童「終わり…」
痛む体、崩れ落ちそうになるにを必死に抑えながら切れ切れに息をしているところに、剣城の言葉が重くのしかかる。
あぁ、そうかもな。俺はこいつら勝てるビジョンが見えない。もう本当に、終わりなんだ…。
松風「サッカー部は終わらない!雷門サッカー部は誰にも渡さない、絶対に!!」
神童「!」
誰もが諦めかけている中、力強い声で言い返したのは松風天馬。その瞳はまだ希望を持っている。何故、こんな状況下でまだそんなことが言えるのか、剣城はただ一人思い通りにいかない松風に苛立ちを感じていた。
剣城「っじゃあ奪ってやるよ!!!」
松風の言葉に完全に怒りをあらわにさせた剣城。
荒々しくドリブルをして、松風以外の選手を吹き飛ばす。言葉が出ず、傷つき倒れた選手たちを見る松風。するとメンバーの一人がふらふらと立ち上がり、こう言った。
水森「もう駄目だ…。こいつら、俺たちに怪我をさせてまでサッカーを奪うつもりだ…。
悪いけど…俺降りる…」
神童が懸命に止めるが水森は聞く耳を持たず、離脱した。
神童「…くそっ!このままじゃ…みんな…、潰される…ッ」
実際自分も危ういところで心を保っている。どうすればいいんだ、どうすれば…っ!!
松風「みんなが、潰される…」
水森が抜け、困惑の表情を浮かべた松風の足元にサッカーボールが転がってきた。
剣城「やるよ。……来な」
こうなれば徹底的に絶望させてやるよ、松風天馬。
にやりと口端を上げる剣城。松風は少し戸惑ったあと、
松風「いくぞぉ!」
ドリブルを始める。横からスライディングをかけた黒の騎士団を避け、剣城の横を抜かした。
剣城「へえ…」
剣城からはそんな声が漏れる。神童や雷門イレブンもどこか感心した様子。
松風は次々とディフェンス陣をかわしていく。だが、ゴール前にまで迫ったというのにシュートを打たなかった。それどころか誰にもパスを出そうとしない。
三国「なぜパスを出さない…?」
霧野「こっちにまわせ!」
霧野がパスを貰おうと走り出すが、黒の騎士団のディフェンダーが2人後ろに付く。
それに気づいた松風は方向転換をし、霧野から離れた。
どうやら最後までボールをキープして、神童たちに攻撃がいかないようにしようとしているようだ。
剣城「そう上手くいくか」
パチンッと剣城が指を鳴らす。すると一瞬にして黒の騎士団全員が、センターサークルを中心に松風を取り囲んだ。
剣城はベンチにいる黒木の方を見る。
黒木(…彼を潰しなさい)
いかにも悪意がこもった笑みを浮かべ、剣城に指示を出す。
剣城「わかりました。
──松風天馬。その顔…気にくわねぇ」
松風に歩み寄った剣城は険しい顔をした。何が起こるのか、松風は身構える。
剣城「くだらねぇんだよ。サッカーなんて!」
風が吹いた訳でもないのに、剣城の上着が揺れる。
剣城「はああぁぁぁぁ!!」
右手を横に振り上げ、そう叫ぶ彼の背後から藍色のもやのようなものが現れた。
みんなが驚く中、徐々にもやの中で形作られていく“それ”。そしてもやが晴れて現れたのは…
・・
剣城「これが俺の化身「剣聖ランスロット」だ」
銀色の甲冑を体から顔にまで身に付け、盾に剣を手にしている剣城の化身。神童たちはそのあまりの迫力、出来事に驚愕していた。
化身はプレイヤーの気が強まった時に形として現れるもの。相当な訓練、センスがないと並大抵で出すことが出来るものでは無い。都市伝説として言われているくらいのものだ。
松風「すごい…!」
剣城「驚くのはまだ早いぜ!」
風のようなスピードで一気に距離を詰め、剣で突き刺すように高速で松風に攻撃をする。
松風「うわぁぁ!!」
音無「天馬くん!…こんなのサッカーじゃありません!やめさせてください!!」
音無が久遠に訴えかけるが、フィフスセクターの黒木が「駄目です」と制止する。試合は最後まで続行する気なのだ。
松風「うわぁっ!?」
松風に2撃目が当たり、うつ伏せに倒れる。さすがの久遠もこれ以上は危険だと思ったのか、ベンチから立ち上がる。が、松風は、
松風「…っ、俺は大丈夫です…っ最後までやらせてください…」
久遠をまっすぐと強い目で見る。
神童「無茶だ、壊れてしまうぞ!」
止める神童。松風の体は傷だらけでもうとてもプレーできる状況ではなかった。
松風「でも、戦いたいんです!最後まで…最後までやりきれば、きっと道は見えてくる!」
諦めるな、立ち向かうんだ!俺はサッカーを守るんだ!
さらに苛立った剣城。そんな剣城の心情を表すかのように、ランスロットの甲冑の下の目が赤く光る。
剣城「くらえぇ!!」
怒りをぶつけるように、松風に向かって思い切りボールを蹴る。ボールは松風に見事直撃し、吹き飛ばした。
神童「松風!!無茶なことを…!」
神童は吹き飛ばされた松風に駆け寄る。松風は神童を痛みに堪えながら見上げた。
松風「俺、やりたいんです。みんなと一緒にサッカーを!」
神童「お前…そこまで…」
松風「お願いです、キャプテン…サッカー…諦めないでください!」
彼のユニフォームに描かれている稲妻のマークを握る。瞬間、神童は何かが弾けたような感覚に襲われた。
松風「お願いします…!」
必死に頼む松風の手を離すと、無言で立ち上がる神童。途端にポタポタと上から雫が落ちてきた。
見上げると神童は
神童「俺だって…ッ!」
涙を流していた。
神童は瞑っていた目を開き、剣城に目をやる。綺麗に光った涙が散って、松風に降り注いでいた。
神童はボロポロと涙を落としながら、
神童「なんで…なんでだよッ!俺はチームメイトさえ守れない…ッ」
ボロボロに傷つけられていく仲間。
それを見ていることしか出来ない俺。
助けることが出来ない弱い俺。
神童「…なにがキャプテンだッ!こんなもの…ッッ!!」
ギュッと腕に巻いてあるキャプテンマークを握る。
俺はッ…俺は…っ!
神童「ちくしょおぉぉぉぉおお!!!」
神童は感情を吐き出すかのように叫んだ。
そのとき、彼の背中からあのもやが出た。そのもやの中からは、四本の手に指揮者が持っている「タクト」を手にした“化身”が現れたのだ…。
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