二粒の結晶。
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第7話
【とんだ災難】
吹雪の機嫌が悪い理由がわかった人にはわかるだろうが、彼は花香が鬼道に抱きついて、頭を撫でられて親しげにしていたのが気にくわなかったのだ。
所謂嫉妬。
ちなみに、瞳子が花香から目をそらしたのもさっきの出来事のせい。
吹雪「……」
「…しろぅー」
少し控えめに名を呼んだ花香。みんなに解放されたらしく、吹雪より下を降りながら彼を見上げた。そのおかげで、吹雪はやっとのこと鬼道に視線を送るのをやめたが。
吹雪「…なに?」
「いやっえと、その………………まだ…怒ってる、か…?」
不安げに尋ねる。下からなので、上目遣い+首を傾げる動作に吹雪はほんのりと頬を染める。かと思えば、困ったように眉を下げた。
全く…そんな叱られた犬みたいにされたれたらねぇ…怒るにも怒れないよ。しかも絶対無意識だよねその動き。
吹雪「…もう怒ってないよ」
「ほんとか!?」
吹雪「ん、ほんと」
「よかったぁー!!」
喜びながら吹雪に抱きつこうとするが、手を伸ばしたまま途中でピタリと止まる。
しまった…今階段降りてる最中だった。こんなところで飛びついたら、いくら士朗でも流石に怪我する…よな。いやでも行き場のないこの感情どうすればいいんですかね!?
身悶えする花香に察したのか、吹雪は可笑しそうにクスクスと笑った。
吹雪「ふふっ……ほら、危ないから前向いて」
「…へーい」
ちくしょー!!あとでいっぱい引っ付いてやるからなぁー!!
渋々前を向いたその時、
──ズルッ
春奈「きゃっ…!?」
「おっと」
滑る雪にバランスを崩して倒れてきた女の子をなるべく優しく受け止める。っぶねー…こんな可愛らしい子に怪我でもしてたら私きっと飛び降りてた。心臓に悪いわ。
「大丈夫?」
春奈「あ、はいっ!!平気です!」
「そっか、よかった…。気をつけろよ?こんな可愛いのに傷でもついたらどうすんだ」
安堵から自然に笑みがこぼれる。
女の子の頭を撫でながら言うと、何故かその子は少し頬を赤くさせて「あ、ありがとう…ございます…////」と俯いた。
ん?なんだ?てか、どーしよ。この子めっっちゃ可愛い。天使だ、リアル天使がいる。これは是非とも名前を聞いて仲良くしなきゃ!!
「どーいたしまして。…ところできゅーとな君!名前は?」
春奈「春奈です…!!」
「春奈かぁ!!んー、じゃあ…春って呼ぼうかな。よろしくなっ」
春奈「は、はい!よろしくお願いします!!それじゃあ私も………、」
「私も…?」
春奈「その……っ///」
「??」
照れながらモジモジとする春奈に、花香は萌えながらも待つ。そして意を決したのか、春奈はチラリと目だけで見上げた。
春奈「名前…“花香”先輩って、呼んでも…いい、ですか…?////」
──ドッキューン!!
………なんだ、なんなんだこの可愛すぎる生き物は。私の心が撃ち抜かれた根こそぎ持っていかれた。そんなの勝手に呼んでくれればいいのに、わざわざ聞いてくれてその上赤面&上目遣いだし、もう一体私をどうしたいっていうんだ。あれか?私を惚れさそうって気か?はっ、もう惚れたっつーの。まず惚れないやつはいないだろ。もしそんなやつがいるなら、私が全力をもって末梢しにいくぞ。つーか、ここまで可愛かったらほんとにもう天使か神かなんかじゃないのか。え、まさか『実は幻でした!』なんてオチじゃないだろうな。私もう死ぬぞ。
春奈「あの……?」
だぁー!!やめて!首傾げて見ないで!!ほんと狂っちゃいそうだからやめて!!
「…あぁ。…いいよ、そう呼んでくれて」
春奈「ほんとですか!?ありがとうございます、花香先輩!!!」
「ぐはあっ!!」
春奈「えっ!?花香先輩!?」
駄目だ我慢できる気がしねぇえええ。
満面の笑みの春奈に、花香は耐えきれずその場にしゃがみこんだ。
いきなり座りこんだため春奈が心配して背中を擦ったが、それが僅かに耐え残っていた花香の理性を崩した。
春奈「あの…花香先輩?」
「…春、」
春奈「はい…?」
「君……………………可愛すぎんだよおおおおおおお!!!」
春奈「わっ煤I?」
階段降りてるから頑張って我慢してたけど…駄目だ限界!!!
一応落ちないように加減しながらも、花香は春奈に抱きついた。唐突すぎてあたふたしている春奈に、さらに悶える。
「春!!君ってやつは…!!!罪な女の子だな!私をこんなにも狂わせちまうなんてよ!!可愛すぎんだよほんとに君は!そんなんじゃ塵野郎共が放っとかねーだろ!?安心しろ、これからは私が守ってやるからな!!あぁもう…春可愛すぎ…いっそ嫁に──」
吹雪「はい、そこまでだよー」
「あ!!春ぅぅー!」
きりがないと感じた吹雪が、優しく花香を引き剥がした。手を伸ばして何とか春奈に引っ付こうとするが、吹雪がそれをさせない。
「離せよしろー!」
吹雪「階段の上じゃ危ないでしょ?せめて降りてからにしなさい」
「オカン!?」
大体そんなこと言われてもさぁー…春が可愛いすぎるから理性はち切れちゃったんだよ 女の子がはち切れるなんて言わない。 それ、今さらだよ士郎。
吹雪のおかげで身動きがとれるようになった春奈と共に、花香は文句を言いながら長い階段を下りていく。
そのとき、小さな地鳴りのようなものが辺りに響き渡ってきた。
──ゴゴゴゴゴゴ……、
吹雪・花香「「!!!」」
円堂「なんだ!?雪崩!?」
白い煙をたてながら、円堂たちの頭上からたくさんの雪が雪崩落ちてくる。その言葉と目の前に起こっている光景が、吹雪の過去をフラッシュバックさせた。
雪崩により、大切な人たちを亡くした…あの出来事を…。
──パラパラ…パラ…
円堂「…な、雪崩かと思った…」
おさまった雪に、円堂たちは雪崩じゃなかったことに安堵。どうやら屋根に積もっていた雪が落ちてきたみたいだ。それにしても、かなりの勢いがあったが…。
ふと上を向くと、どうかしたのか吹雪が階段の隅で座り込んで小刻みに震えていた。相当怯えているように見える。
吹雪「……っ、」
紺子「大丈夫だよ、吹雪くん。屋根の上の雪が落ちただけ。雪崩じゃないから」
吹雪「え…っ?」
優しく言ってくれた紺子に、吹雪はさっき雪が落ちてきた崖を見上げる。まだ微かに雪が落ちてきているが、吹雪は雪崩じゃないことを理解し、ホッと息を吐いた。
吹雪「なんだ…屋根の雪か…」
円堂「どうかしたのかー?」
吹雪「あ、なんでもないよー!」
夏未「これくらいで怯えるなんて…見た目によらず小心者なのね」
事情を知らない夏未の辛口さに、吹雪は苦笑いをしながら再び歩き出した。が──
春奈「………あれ?」
鬼道「?どうした、春奈」
春奈「花香先輩がいない…」
円堂「いないいい!?」
…確かにいない。どこにも…。どれだけ見渡そうが、花香の姿は見当たらない。さっき確かにいたよな…?いつからいなくなったんだ…。
花香が突然消え、慌て始める白恋と雷門イレブンたち。吹雪が名前を叫ぶと、なにやら下からくぐもった声が聞こえてきた。
「んんー!むぅー!!」
「「「「………は?」」」」
声のする方を見て、みんなは目を疑った。
花香は、階段の下の雪山の所に(何故か)上半身を埋まらせて足をバタバタして暴れているのだ。
「むむむー!!んー!」
鬼道「…………なにしてるんだ、あいつ」
一之瀬「ずいぶんと冷たい目だね、鬼道」
風丸「でも…ほんとになにやってるんだ…?」
円堂「もしかして…遊んでるんじゃないか…?!」
「「「それはないだろ」」」
円堂「ハイ……」
吹雪「……………埋まってるんじゃない?」
「「「………あーね!!!」」」
「んむむー!!むわぁー!!(早く助けてえええ!!)」
※※
「いやぁー申し訳ない」
理由はよくわからないが、雪山に埋まっていた花香は無事救出された。
あれだけ騒がせておきながら、あまり反省してない彼女に、吹雪は溜め息をついていた。
吹雪「全く…心配したんだからね?」
春奈「本当ですよ!花香先輩!」
白恋「「「そうだそうだ!!!」」」
「だーからごめんって!」
もーみんな過保護だなぁ。ただ埋まってただけなのにさぁ…。なんて言ったら多分殴られるから言わねぇけど。
「………まっ!怪我はなかったんだし早く下に降りれたから、結果オーライってことで!!」
吹雪「ふざけてるの?」
「サーセン」
円堂「なんで神崎は雪の中に住んでたんだ?」
「別に住んでねぇーよ!?」
円堂「えっ…住んでなかったのか!?」
(うわぁー…円堂ってアホだな)
ひきつった表情をしているが、花香も負けないくらいの天然とアホの持ち主だ。もちろん両者全く自覚していない。
「…あぁ…住んでなかったよ…」
円堂「そうだったのか…住んでなかったんだな!…そーかそーか……住んでなかったのか………」ブツブツ
「…はは」
皆「「「「………;;;;」」」」
鬼道「……それで、お前はいったい何故雪山なんかに埋まっていたんだ」
「あー…、
───階段から落ちた!」
皆「「「「……は?」」」」
「いや実はさぁー、足滑らしちまって。そのまま転けるかと思ったんだけど、なんと上手いことに柵の下から落っこっちまってさ」
皆「「「「…………、」」」」
「落ちてるときに『あ、これは死ぬな。ぐっばい私のハーレム』って諦めたら、またまた上手いことに盛ってた雪山に落ちたんだよ。クッションになってくれたみてぇだな、全然痛くなかったよははははっ!!」
怖くなかった寧ろ楽しかったです、という笑顔でくるくる回る花香に一同は呆れるしかなかった。能天気な…楽観的にも程があるだろ…。自分がどういう目にあったのかわかってないのか…。
溜め息をつくみんなだが、一人怒りのオーラをほとばしらせている者がいた。それは…、
吹雪「……花香、」
吹雪である。
あからさまな怒っている声音で名前を呼ばれた花香は、ほぼ反射的に返事をして肩を揺らした 。
「へっ、ふぁい!?」
吹雪「朝から君は…何度僕を怒らせたら気がすむの」
「いや…あのー……………士郎さん、」
吹雪「なに」
「何について怒ってらっさられので…?」
皆((((わかってないのこのお方!?しかも噛んだ!!))))
心の中でつっこんだ。口に出していたら、花香が転げ笑うくらいそれはそれは綺麗にそろっていただろう。
というかその噛み方、逆に言いずらくないか。
吹雪「ハァ………じゃあ言わせてもらうけど、」
「はい…、」
吹雪「花香は危機感がなさすぎ。なにが「痛くなかった」なの、自分がどれだけ危ない目にあったかちゃんとわかってる?今回は運が良かっただけで、下手すれば死んでいたかもしれないんだよ」
皆「「「「ごもっとも」」」」
「おい!?」
ごもっともな皆にごもっとも。
「………で、でもさぁ──!!」
吹雪「それなのに何が「ぐっばい私のハーレム」なの。ふざけないでよ本気で殴られたいの?」
「ごめんなさい」
即答だった。
このときほど、吹雪を怖く感じたことはないだろう。花香は異常なまでに冷や汗を流していた。昔、よほどのことがあったのか…はたまた…いや、やめておこう。
吹雪「………でも、怪我がなくてほんとによかった」
それに、ただなんも無いのに足を滑らせたわけじゃないって僕はわかっているから。
その言葉の意味も込めて吹雪は安堵の表情で微笑む。それが伝わったのか、花香は「ありがとう士郎」と目を細めた。
「みんなも…迷惑かけてごめん…。
──ありがとな、心配してくれて!」
皆「「「「ッ!!!///」」」」
歯を見せて無邪気に笑いながら礼を述べた花香に、その場にいるほとんどの子たち(男女問わず)は思わず赤面させる。
全員が全員赤面させたため、不審に思った花香は、
「?──どーかした?みんな赤くなってさ…具合悪いのか…?」
皆「「「「いいやなんでも!!!!」」」」
「煤I?……そ、そうか?ならいいけど……」
質問した瞬間、大きな声でそろえて首を横に振られた。何をそんなに必死になるのか……かなり奇妙な光景なんだけど、うん。
まず、白恋のみんなはいつのまに雷門とそんなに仲良くなったんだ?動き合いすぎ。声でかいし!びっくりすんじゃねーか!
…実は小さく震えてビビりました。
皆((((……なんだ今の。可愛すぎる))))
花香が小さく怒ってる中、みんなは林檎のように赤くなった顔を手で覆ったり俯いたりと、なんとか隠していた。
見事に花香の笑顔に打ちのめされたようだ。
それを知らない彼女は…、
「………ま、いっか。じゃあグラウンドの方へはやくいこーぜー!」
と、呑気に走っていくのだった。罪な女である…。