二粒の結晶。
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第20話
【嫉妬】
※士郎くん暴走。
「……あ"ぁ"もー!!腹減ったあぁ!!」
空に向かって叫ぶ。
晩飯の量のためか、腹から可愛いとも言えない音が鳴り響く。あー腹減った…いくらなんでもあれは少なすぎるぜ…。あんな量で足りるわけが無い。
しかも、風丸の隣で他愛ない話をしながら食べてたら何処からか妙な視線が感じられて、気になって食べた気になれなかったんだ。しかもあれで2回目。昨日もあったんだよ。
※犯人は鬼道と吹雪である。ちなみにこの二人の間にも淀んだ空気が流れていた。
「……………あ!!そうだ」
確かこの辺に…、
「…………あった」
右ポケットから取り出したのはさっき春から貰ったキャラメルと飴。足りないと何度も言ってたら、みんなには内緒ってことでコレをくれた。春マジ天使。
「けど、夜に完食したら士郎が…なぁ…」
小さい頃、家族みんなが寝静まった夜更けに、小腹が空いた私は1人キッチンに置かれていた飴を食べたんだ。そしたら勢い余って喉に詰まらせちゃって、粒も思いのほか大きくてわりと冗談抜きで死にかけたんだよね。たまたま下りてきた士郎が見つけてくれて、呼び出されたお父さんのおかげで吐き出すことができた。
今じゃ笑い話だけど、士郎はその出来事がトラウマになっちゃったらしくて。夜、特に誰もいない時とかにそういう類のもの間食するの禁止にされたんだ。
前に見つかったときはそりゃもう…、うん。
「でも腹減ったし…士郎今いねぇし…」
───食べちゃお。
意を決して花香はキャラメルの袋を開け、ポイッと口の中に投げ入れた。段々と綻んでくる彼女の頬。
「うっまぁー!!」
嗚呼、物足りなかったお腹が満たされていく…春、ありがとう…この恩は一生忘れない…。
大袈裟なまでに喜ぶ花香は次に飴を食べ、口いっぱいにオレンジの味を広がらせ至福の時を過ごす。
コロコロと飴を舌の上で転がすが、その時間はある人物によって終止される。
吹雪「…………花香?」
「ッッ!?!?」
ビクッと大きく肩が揺れる。この声は……なんつータイミングだよ…、
「……し、士郎」
平静を装いながら振り返ると思った通り今一番会いたくなかった人物、吹雪士郎が寒そうにマフラーに顔をうずくめて立っていた。
ヤベ、変な声出たかも……気のせいか、うん。
吹雪「どうかした?上ずった声出して」
気のせいじゃなかったッッ!!!
「っいや、何でも!
…それより士郎こそどうかしたのか?こんな夜に外に出歩いて」
吹雪「あぁ……眠れなくてさ。散歩でもしようかと思って」
「お、実は私も眠れねぇんだ。士郎が隣に居ないからかもな」
吹雪「ふふっ…僕も、花香が一緒じゃないから寝れないのかな」
「私ら二人して駄目だな」
吹雪「そうだね」
クスッと笑いながら士郎は私の隣に座る。
……よし、今のところ飴はバレていない。やつは私の口の隅の方に何とか押し込んで隠している。
「…北海道に戻ってきてから初めてだよ、夜に外へ出たのは」
吹雪「…懐かしい?」
「うん、すっごく。
…って言っても、北海道を離れてたのは二ヶ月くらいだったけどな。大袈裟かな私」
吹雪「そんなことないよ。僕はその時間がとても長く感じたし………寂しかった」
「…私も」
不安を感じながらも会話を続ける。変な話し方してないよな…大丈夫だよな…?そんなことが気になって内容は半分聞けていない。あ、でも嘘は言ってねぇよ?
幸いなことに、士郎はまだ気づいていないみたいだよっしゃ。このまま奴が帰るまで何とか耐えなければ。出来るのか私………いや、やるんだっ!!
格言のようなものを言ったその時だった。
吹雪「…ところで花香、僕が気づけないとでも思ってるの?」
「え…、わっ!?」
あ、やばい。そう思った時には遅かった。
背中は冷たい雪によってじわじわと冷えていく。
吹雪「全く…甘いね、花香。騙すなら騙し切らなきゃ。
……僕みたいにね?」
「…っ」
気づいていないと思っていた花香だが、すっかり吹雪に騙されていたようだ。黒い笑顔を浮かべながら、彼は押し倒した花香に顔を近づける。
吹雪「で?この口の中には何が入ってるのかな」
「……何も入ってないよ」
吹雪「嘘は良くないね」
「っ嘘じゃ「ないの?」………ッ」
駄目だ…見透かされてる。
気まずそうに顔を背けた花香に、吹雪は悪戯に笑いながら見下ろす。
吹雪「今正直に言ったら、怒らないであげるけど?」
「…!」
吹雪「どうするの、花香」
「……」
吹雪「……」
「……」
吹雪「……」
「……………………………飴食べてます」
吹雪「うん。知ってたよ」
即答で帰ってきた士郎の言葉には何の迷いもなく、本当にバレていたのがわかる。
吹雪「夜は間食しちゃ駄目って約束してるのに『また』破ったんだ?」
士郎の浮かべていた笑みが深くなっていく。それもぶらっくの方に。これって私……、
───大ピンチじゃね…?
「し、士郎!ちょっと待て!せめて言い訳を……!!」
吹雪「聞きたくない」
「んむっ!?」
両手首を片手で封じられ、口をもう片方の手で塞がれる。華奢な体のくせに手は意外と骨ばっていて男の子らしく、力の強さも見た目とは不釣り合いに強い。
「んんー!!んむー!!!」
吹雪「…うるさいよ、花香」
「…っ!」
吹雪「いい子だね」
両手に力を入れ、くぐもった声を出して抵抗する花香だったが、吹雪の低い声によって黙らされる。その感情を感じさせない声色と吹雪の豹変に彼女は困惑するだけだった。
なんだ…どうしたんだ…、士郎がこういう事をしてくるのは特別珍しくもないけど、何かいつもと違った雰囲気がある。いつもは、からかうような…愉しんでいるような表情なのに…。
──ただ言えることは士郎が怒ってるということだ。
(飴が理由じゃねぇな、これは。もっと何か大きな訳が…でも、きっと原因は私にあるんだよな…)
士郎が怒ってるときは殆ど私が理由だから。
訳を聞こうとしても、口を塞がれてるため喋れない。ここは大人しく士郎の言葉を待つことに。
だが、拘束っぽいことをしてきたのに暫く経っても士郎は何も言うことなく、私を解放した。
不思議に思って俯いてる彼の顔をのぞき込むと、士郎はおもむろに口を開いた。
吹雪「…………花香は、」
「……ん?」
吹雪「………鬼道くんの事、どう思ってるの」
「…………は?」
何で今このタイミングで有人の名前が出る?
吹雪「だから、鬼道くんのことだよ」
「あ、あぁ、有人のことな。わかってるよ、うん」
一度で理解しなかったからか、スッと鋭い目付きで射抜かれる。士郎マジこえぇ、不機嫌度MAXじゃねぇかよ。
「有人は私の大事な友人だよ」
吹雪「それだけ?」
「??、他に何があるんだ?」
疑うように私を見てくる士郎から目を離さずに見つめる。
有人は大事な友人。この気持ちに偽りなんかない。
すると暫くして、何があったのか突然笑い出した。声を上げて笑う士郎はとても珍しい。
吹雪「っはは…、そうだよね。花香がそんな難しいこと考えるわけないもんね」
「何か失礼なこと言われてる」
僕も、心配しすぎたみたいだ。花香の恋愛への興味のなさは僕が参っちゃうくらい皆無だからね。
ウンウンと悩んでいた自分が馬鹿みたいで、笑いがこみ上げた。
「ちょっと士郎さん、笑いすぎなんですけど。私なんか変なこと言った?」 「ちが…っ、ははっ…ごめんね、?」 「謝る気ないだろ」
話が読めずに不服だけど、ツボったようでこんなに笑う士郎は稀だから何だか嬉しくなる。
吹雪「……っはー。お腹痛いや」
「そりゃそんなに笑ったら痛いだろうな」
吹雪「ごめんね、花香」
変なこと聞いて。と、私の皮肉を軽くかわされて謝られた。
「別に気にしてないし、士郎が楽しそうで何よりだよ」
吹雪「うん、愉しいよ」
とってもね。
これからどうやって花香を僕のものにするか。そんなのことを考えたら愉しくて仕方がない。
でも、いくら花香が鬼道くんに気がなくても彼は好意を寄せてる。
吹雪(風丸くんも怪しいし…、)
油断できないなぁ…。
花香は自分の魅力がわかってないからね…。
心配で花香をチラリと見ると、バチっと目が合った。
「ん?」と優しく目を細めながら首を傾げる彼女に「何でもないよ」と微笑み返した。
吹雪「それじゃ、僕はそろそろキャラバンに帰るよ」
「んー」
立ち上がってグッと伸びをした士郎は、見下ろすと柔らかく微笑んで私の頭に手を置いた。
吹雪「おやすみ、花香」
「ん、おやすみ」
ポンポンと撫でてからキャラバンの方へと足を進めた。私もそろそろ寝ないとな…。
夜空を眺めていると、途中まで帰っていた士郎が思い出したように声を出した。
吹雪「花香」
「んー?」
距離が少し遠く、いつもの気持ちだけ大きい声で返事。
吹雪「もう少し危機感持ってよね。僕そろそろ止められなくなるよ」
「止める?何が??」
言っている意味がよくわからず聞き返したが、士郎は返事をする代わりに妖しく口角を上げた。
意味深な微笑みに怪訝に思っていると、士郎は再び足を進めキャラバンに帰っていった。
(何だったんだ…)
ああいう時の士郎は何を考えているのかよくわからない。
それから少しの間空を眺めてから、私もテントに帰った。
士郎の言った意味がわかったのは、もう少し先の話…、