『道標』
□16
1ページ/1ページ
第16話
【さぼり】
神童(…俺に…何ができる…)
サッカー棟の部室。そこにはソファーに座って思い詰めた表情をしている神童の姿があった。手にはキャプテンマークが強く握りしめられている。
神童(俺にできることは何もない……何も……)
三国「そろそろ休憩終わるぞ、神童」
神童「三国さん…………俺のせいです!キャプテンの俺がサッカー部を守らなきゃいけなかったのに……!!」
現れた三国に神童は悔しそうに拳を握りしめて話しかける。黒の騎士団との試合のこと、部員がほとんど辞めてしまったこと。
そして今朝に、理事長からの決定で剣城がサッカー部に入ることになったということ、その時に渡そうとしたユニフォームを投げ捨てられたこと。
神童は頭を下げて謝罪する。
三国はそんな神童を見て、宥めるような言い方で頭を上げさせた。
三国「お前のせいじゃない。あいつらはサッカー部を潰しに来た。勝負を受けるしかなかったんだ」
神童「でも俺…三国さん先輩たちと約束したのに……!!」
1年前。
神童「俺がキャプテンに…?」
三国「先頭に立ってサッカー部を引っ張ってほしい」
サッカー棟に呼び出された神童。三国たち二年生に唐突にそう頼まれ、動揺しながら慌てて断りを入れた。
神童「無理です!一年の俺じゃ!!先輩がやるべきです!」
三国「聞け、神童。今の中学サッカー界はフィフスセクターに試合の勝ち負けを管理されている」
──全国大会優勝は、形だけのものになってしまった。
そう言って三国は、今まで優勝してもらった旗を見つめる。自分たちの実力でない優勝…お飾りの勝利、名誉。
三国「…それでも俺たちは諦めない。本当の意味での最強を目指すことを」
神童と一緒にいる霧野は強く頷く。その想いは、神童たち1年も三国たち2年と同じだ。
三国「いつの日か、このシステムがなくなったときに…全国大会に優勝できるように、お前がキャプテンにならなきゃならない」
神童「でも!!俺にそんな力は…」
三国「ある!お前には、オーケストラの指揮者がタクトを降るようにチームをまとめる才能がある」
それは、一緒にプレーしている三国たちだからこそ感じていること。
三国「だから、お前がキャプテンとしてその力を発揮出来るようになれば、チームは強くなる」
神童「……」
三国「お前でなければ駄目なんだ!!」
霧野「神童」
神童は霧野と頷きあうと、覚悟の決まった瞳で三国たちと向き合った。
先輩たちが一年の俺にそう言ってくれてるんだ、その想いを無下にするものか…!
神童「わかりました!!」
固く決意し、三国たちの想いが詰まったキャプテンマークを、神童はそっと受け取った。ここから、彼の才能が開花していくのだが…。
神童「俺には…無理だったんです…」
悲痛に歪む神童の表情。苦しい気持ちをぶつけるように、キャプテンマークを握りしめる。
神童「キャプテンとして何もできていない…なにも……」
三国「…それでも俺は、お前を信じている」
神童「三国さん…」
責任感、自己嫌悪、罪悪感。そんなものに潰されそうだった俺の心が、三国さんの言葉で少し救われた気がした。
なんとかしなきゃ、キャプテンの俺が。
・
・
・
・
・
・
・
・
「…うげっ」
と、思わず品のない声が出る。
珍しく分かりやすく負の感情を表に出しながら、その対象へと視線を送る真言。
そこには寝転がりながら携帯を触っている剣城がいた。
もみ上げは一瞬横目でこっちを見ると、ウザそうな表情をしてから携帯と目線を戻した。おいなんだその顔は。
「なんでお前がいるんだよ」
剣城「いちゃわりぃのかよ」
「別にいいけど、そこ私がみつけた場所だからどいてくれ」
剣城「断る、先に居たのは俺だ」
ふんっ、と馬鹿にされたように鼻で笑われ、真言は頬をひくつかせる。
私はどこかいい場所がないかとずっとぶらぶらしていた。ようやく良さげなところを見つけたのがここ、屋上だ。
が、そこには先に占拠者がいてなんならそれがあの生意気もみ上げ野郎だったとは。運が悪いにも程があるよ。昨日に続き今日もこいつと出くわすなんて。
「じゃあどかなくていいよ。勝手に寝るから」
剣城「おい」
隣に来るんじゃねえ、と隣から怒鳴られるが、聞こえないふりをして上着を枕にして寝転がる。はー、せっかく1人気持ちよく日光浴しながら昼寝しようと思ってたのに…計画が台無しだ…。私は思わずため息を漏らす。
「今授業中だろ、さぼってんじゃないよ不良」
剣城「人のこと言えねえだろ」
「私はいいんだよ」
剣城「ふざけてんのか」
「生意気な喋り方だなぁ全く」
言っても仕方ないと諦めたのもあるけど、突然の睡魔と戦っているせいで、もみ上げくんの態度にそこまでイラつかない。やっばいクソ眠い。
今してる授業が終わったら、放課後の入部テストの様子を見に行かなければならない。だけどこの睡魔に負けると、私はしばらく目が覚めない自信がある。でも無理だこれ、寝ちゃう。
「……なぁ、」
もみ上げくんに対して背中を向けた状態で声をかける。返事はないけどお構い無しに続ける。
「今してる授業終わったら起こして…」
剣城「は?自分で起きろよ」
「携帯の充電切れてるから無理…」
剣城「俺には関係ねえ」
「もダメだ…よろしく…」
剣城「おい!!」
なにやら隣が声を荒らげているけど、睡魔に敗北した私はそのまま意識を手放した。
キーンコーンカーンコーン…
授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。と、同時にどうしたもんかと隣で寝腐ってるやつに目を向ける。
なんで俺がこいつの子守りしなきゃなんねぇんだ。勝手に隣に来たと思うと、人の返事聞かずに寝やがって。
剣城「…おい、」
一応声をかけてみるが、反応がない。舌打ちをしながらぐるりと反対側に回りこみ顔の見える位置に移動してしゃがみこむ。
チッ、なんで俺がこんなこと。
そう思いながらも、放っていかず言われた通り起こしてやろうとしてる俺も自分のことが理解できなかった。
剣城(…ガキみたいな顔)
そういえば出くわした時から口調が悪かったし、すかした態度をとるのは辞めたのか?黙ってりゃ綺麗な顔立ちしてんのにな。
スースーと寝息を立てている真言を、剣城はじっと見つける。
って、俺は何してるんだ。
我に返った剣城は、不服そうな様子で真言に声をかける。だが、何度呼びかけても反応がない。少しイラついた剣城は肩に手を伸ばし軽く揺さぶった。
剣城「…おい、いい加減起きろ」
「…んー」
うっすらと目を開けた真言。そのままぼんやりとした様子で剣城と目を合わせる。やっと起きたかと剣城は息を吐き、立ち上がろうとした。
とその時、肩に触れていた手を真言はパシっと掴んだ。
剣城「…っおい」
「……………抱き枕」
剣城「は?」
意味不明なことを言われたと同時に、掴まれていた手を力強く引っ張られる。ぐらっと歪む視界。倒れないように咄嗟にもう片方の手を地面につけた。が、引っ張られたせいで至近距離までお互いの顔が近づいた。
突然の事でついていけてない剣城。
「もうちょっと…」
剣城「………………っ!!!」
事態を飲み込めずいた剣城だったが、もう触れ合いそうな距離にある真言の顔に驚くと、反射的にそのまま頭突きをかました。
「いっ!?!?!!」
ゴッと鈍い音が鳴る。
「ったああああ!!!」
悲鳴とともに目覚める真言。と同時にがっしり掴まれていた手が離されて開放される剣城。彼は素早く立ち上がる。
「〜〜〜っにしやがる!!!」
若干赤くなったおでこを擦りながら、半泣きでギロっと剣城を睨みあげる。
お前が早く起きないからだ、と答えた剣城は上の空といった状態。あと少し赤面している。早くこの場を離れたかったくて仕方ない彼は、真言の顔も見ずにじゃあなと言うと、さっさと屋上を後にした。
予想外の起こし方をされた真言だったが、剣城の変な態度に気づき、痛むおでこを抑えながら不思議そうに出ていった出口を見つめた。
「……なんだあ?」
剣城「…っくそ」
ふざけやがって。
校舎の外まで出てきた剣城は、気に入らなさそうに舌打ちをした。柄にもなく慌ててしまい、奇行に走ってしまった。
これも全部あの女のせいだ。
と、さっきの出来事を思い出す。掴まれた手の温もりと、目の前まで迫ったあいつの顔。
剣城「……ちっ」
わだかまりを吐き出すようにもう一度舌打ちをする。早くなっていた鼓動も、ようやく落ち着いてきたようだ。
こんなことならあいつのことなんか気にせず、さっさと1人で出ていきゃよかった。でもそうしなかったのは自分の意思だ。結局振り回されてるのは俺だ。
悔しそうにまた舌打ちをした剣城。一呼吸すると、先程起きたことを忘れ去ろうとするように、剣城は軽く頭を横に振る。そして切り替えた表情で、グラウンドへと足を進めた。
・