長編・シリーズ

□君を繋ぐ音楽
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「何故ですか?」
香穂子が理事長に尋ねると、理事長はじっと香穂子を見ながら答えた。
「君は目立ちすぎる。色々な意味でこの学院の1番の有名人が、いきなり退学とあっては、色々な憶測を呼ぶ。…それが学院のマイナスイメージになりかねない」
「…そうですか…」
香穂子は少しだけがっかりした。やはりこの人が気にするのは、学院のイメージなのだ、と。…理事長がそれを考えないのも問題はあるのだが。
「とにかく、君にはぎりぎりまで学校に通ってもらう。3学期には、三年生は自由登校になるし、それまでうまく騙し通せ。…卒業までは上手くこちらもごまかすから」
「…はい」
「…これで今までの借りを返した、という事にしてくれたまえ」
理事長はさらっと言った。
「か、借りですか?」
香穂子が不思議そうに尋ねると、理事長はジロリと香穂子を見つめた。
「…昨年から君達のおかげで、この学院はいい方向に向かっている。ならば、それに対して礼をしなければならないと思っていたのだ。だから、今回の事でチャラ、という事になる」
「で、でも…あれはみんなの力を借りて出来た事だし、そんな貸し借りだなんて…」
「…そうか」
理事長はそう答えると、一つ深いため息をついた。
「なら、これは君に一つ貸しを作る。このご時世、高校中退はつぶしがきかないだろう。だから、私の権限で、卒業の面倒は見よう」
「…それは…」
ありがたい、というべきなのだろうか?
香穂子が迷っていると、ふぉんという音と共に、リリが現れた。
「…相変わらず言い訳が下手な奴だな、吉羅暁彦」
にまにまと笑いながら言うリリを、理事長は睨んだ。
「…言い訳ではない。取引だ、アルジェント」
「…どっちでもいいのだ。お前が日野香穂子を心配して色々考えているのは分かっているのだぞ?」
「…え?」
香穂子がきょとんとしていると、理事長は再びため息をついた。
「アルジェントの戯言をまともに受ける事はない」
「タワゴトとは何なのだ、タワゴトとはっ」
リリはジロリと理事長を睨んだ。
だが、理事長はリリを無視することにしたようで、香穂子に向かって言った。
「もし、君が望むなら、学院以外になるが音楽大学への進学も口聞きしよう。ただ、私がこうしてくれ、と言ったら、それを手伝ってくれたまえ」
「まあ、よっぼどの事が無ければ、コイツがそんな事を言い出す事はないと思うから、安心しろ、日野香穂子」
「…口だしするな、アルジェント」
「…ありがとうございます」
香穂子はペコリと頭を垂れた。
…私は色々な人に守られている。
それを思うと、香穂子は胸がいっぱいになったのだった。

理事長の口聞きや、両親との話し合いで、香穂子は少し離れた県に住む、父方の祖父母の所で出産・育児をすることになった。
また、そこには音楽大学があり、出産後、うまく合格できれば、そこに通う事ができる。

…全て順調に。

だが、そうはうまくいかなかった。
それは、香穂子が定期検診で病院に行った時だった。
念のために少し離れた町の総合病院の産婦人科に行っていたのだが、そこで…加地と出くわしてしまったのだ。
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