長編・シリーズ

□君を繋ぐ音楽
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それはたまたま偶然だった。
香穂子の行っている産婦人科は総合病院の中にあり、実際に出産を予定している所と提携できている為に選んだのだ。
そして、その総合病院の外科に、加地が以前通っていた高校の友人が事故を起こして入院していたのも、偶然が引き起こしてきたものなのだろうか。
香穂子が会計を待つ間、最近貰った母子手帳を愛おしむかのように眺めていると、いきなり背後から声をかけられたのだ。
「あれ?日野さん?こんなところでどうしたの?」
「え?あ、か、加地くん?」
香穂子がかなり焦った様子で自分を見るので、加地は苦笑してしまった。
「なぁに?本当に、どうしたの?あ、友達か誰かのお見舞い?」
「あ、ええと…」
「日野さん、日野香穂子さん」
香穂子がどう答えるか迷っていると、受付から声がかかった。
「ご、ごめん。ちょっと行ってくるね」
挨拶もそこそこに、慌てて受付に向かう香穂子に、加地は苦笑した。
「慌てんぼうだなぁ」
そのとき、ふと、香穂子の座っていた椅子に落ちていたものを見つけた。
香穂子の落とし物だろうか?
それなら、拾って渡そうと、それを手にして…愕然とした。
「加地くん、どうかしたの?」
会計が終わり、香穂子がまだ帰っていなかった加地に声をかけた。
「日野さん、これ…」
少し青ざめた表情で、加地は拾ったものを差し出した。
「…!あ、あの…」
香穂子もそれを見て慌てた。
加地が手にしていたのは、香穂子の母子手帳だった。
先程声をかけられた時に、慌ててかばんにしまったのだが、なにかのはずみで落ちてしまったのだろう。
加地がこうして香穂子に差し出してくるということは、既に中を確認し、誰のものであるか、知ってしまったのだ。
それになにより、加地の顔が青ざめているのが確かな証拠だ。
「…これって、日野さんの、だよね?」
嘘であってほしいと願うように、加地は尋ねてきた。
だけど、ここまできたら、もうごまかしようがなかった。
香穂子は小さくため息を付き、それから頷いた。
「そうよ、私のよ」
そう言いながら、香穂子はその手帳を受け取ろうとした。だが、加地はぐっと手に力を込めて、それを手放そうとはしない。
「…加地くん?」
香穂子が不思議そうに尋ねると、加地は香穂子を真っ直ぐ見ながら尋ね返してきた。
「これ、本当?両親は知っているの?学校はどうするの?…子供の父親って?」
尋ねながらも、その答えの大半は加地は気付いているようで、香穂子はもうごまかせないことを悟った。そして、言えない、言いたくないとは言わせてくれないことも。
観念したかのように俯く香穂子に、加地は静かに問い掛けた。
「…話して…くれるよね?」
香穂子はそれに小さく頷いて答えたのだった。
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