長編・シリーズ

□君を繋ぐ音楽
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香穂子と加地は病院近くのカフェに入った。
注文した紅茶とコーヒーが届くと、加地はおもむろに尋ねた。
「…本当に、お腹に赤ちゃんがいるの?」
「…うん」
これ以上隠せる訳もないので、香穂子は素直に頷いた。
「いつ気付いたの?」
「二月前くらい、かな」
今は間もなく12月になろうという時期だ。
加地はそれまで香穂子の様子がおかしな事に全く気付いていなかった事に驚いた。
「…じゃあそろそろ…」
「五ヶ月になる、かな」
香穂子は愛おしむようにお腹を撫でた。
「…そう、じゃあ子供が出来たのは…夏休みの留学期間、だったのかな?」
探るような加地の質問に、香穂子はびくっと肩を揺らした。
「…そうなると…父親は…月森、だよね?」
「…うん」
香穂子は小さく頷いた。
「…まあ、あいつの子以外を産むなんて、日野さんがするはずないんだけどね」
「あははは」
蓮が留学するまえの、仲睦まじい様子を加地はよく見ていた。それに、2学期が始まってから、香穂子の惚気話を様々聞かされていた。
…そこから察するに、香穂子が蓮以外の他の男と子供を産むような事をするとは考えられない。
加地はあまりにもわかりやすい結論に苦笑いしてしまう。
だが、笑っていられない事もある。
「あの…さ、この事、月森に言ったの?」
「…」
先程まで軽く動いていた香穂子の口が急に閉ざされた。
加地は、やはり、と思った。
だから、香穂子に諭すように言った。
「ちゃんと言わなきゃ駄目だよ?あいつだって当事者なんだから」
「…言わない」
香穂子は小さくだがはっきりと拒絶した。
「今、彼は大事な夢を追っているの。それを…私のせいで壊したくないの」
「でも、その為に日野さん自身の夢を諦めるの?そんな事、月森が許すと思っているの?」
「…」
香穂子の瞳に一瞬だけ暗いものが輝く。
だけど、それを振り払うかのように、香穂子は首を横に振った。
「夢を…諦めるなんてしないわ。ただ少し遠回りするだけ。それに…ずっと言わないって訳じゃないのよ?」
「…それはいつ?」
加地は容赦なく香穂子を責めたてる。
香穂子はそれをぐっと堪えるように唇を噛んだ。
そして、ひと呼吸置くと、再び静かな眼差しで言った。
「それは…多分彼が夢を掴んで日本に帰ってきたときかもしれない」
「そんな…いつになるか分からないじゃないか?」
「そうね、でも、今は言いたくないの」
香穂子はきっぱりと言った。
「私はこの子を産んで…育てながら、夢に進みたい。それは私の願いであって、蓮は関係ないの。…だから、彼が望む夢を叶えるまでは、負担になるだけだから、言わない」
「でも…」
「もし、この事で、彼との間が本当の意味で終わってしまっても…それは私が一生懸命考えて出した結論からだから、そう考える事が出来るの。だから…お願い…」
ここまで香穂子に言われてしまうと、加地は何も言えなくなってしまう。
「…分かった。みんなにも…月森にも言わない。だけど、月森の代わりに、君のサポートはさせてよ?そうでなきゃオーケーしない」
「…ありがとう」
香穂子は加地の優しさに感謝したのだった。
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