長編・シリーズ

□君を繋ぐ音楽
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「いーち、にー、さーん…」
湯舟に一緒に浸かりながら、蒼が数を数えているのを、蓮はぼんやりと眺めていた。
…何と言う急展開なのだろうか。
確か数時間前、土浦達に『結婚を反対されて大変だ』と言っていたはずで。
なのに、今は泊まっていけとまで言われ、こうしてほのぼのと息子とお風呂に入っている。
…決まる時は一気に解決していくものなんだな。
「……ひゃーく!ねえ、お父さん、出てもいいでしょ?」
「あ、ああ」
そう頷くと、風呂場の入り口近くから香穂子の声が聞こえてきた。
「蒼ちゃん、もう出るのかしら?」
「うん!じゃあ、お父さんお先にねっ」
「…ああ」
勢いよくドアを開け、蒼が香穂子のもとに行く。
その時にちらりと見えた香穂子の笑顔を、蓮は眩しそうに見てしまった。
…こういう時間もいいものかもしれない。
今まで独り音楽の道を邁進してきたが、これからは香穂子とともに。
音楽だけでなく、これからの人生も。
そんなこそばゆい気持ちに、つい笑みを浮かべていると。
「蓮、ここに着替えとバスタオル置いておくわよ。兄のやつだから、サイズは合うと思うの。使ってないのがあって良かったわ」
という香穂子の声が聞こえてきた。
「…ああ」
蓮はこほん、と一つ咳払いをしてから答えた。
そしてほんの少し間を置いてから。
「…お背中流しましょうか、旦那様?」
などという声が聞こえてきた。
「……は?」
蓮は思わず固まってしまった。
「だから、お背中流しましょうか?旦那様」
「だ、旦那様?お背中…?」
いや、まだ籍は入れていないが、実質夫婦のようなものだし、…何となく新婚夫婦みたいな感じではあるが…。でもここは香穂子の実家で、そう遠くはない場所に香穂子の両親がいるという状態でそんな事は…。
などと、ついうだうだ考えていると、香穂子の軽やかな笑い声が聞こえてきた。
「なーんてね!」
「…」
蓮はその言葉に、ホッとしたような、残念なような複雑な気分になる。…残念?
蓮は自分の考えに急に恥ずかしくなり、そんな事を考えさせる香穂子を少しだけ恨んだ。
「香穂子…?」
「うーん、流石にうちの両親が側にいるからねー。あ、でも近いうちにやってあげるからねっ?お背中流し」
「…え?」
香穂子は蓮に爆弾を投下すると、蓮の答えを聞く事もなく、バスルームから出ていってしまった。
去っていく足音を聞きながら、蓮はため息をつく。
…何がいつも蓮に振り回されている、だ?
自分のほうが振り回しているじゃないか?
ブクブクと体を風呂に沈めながら、思った。
だけど。
…香穂子になら振り回されるのもいいかもしれない。
そんな事も一緒に考えてしまうのだった。

お風呂からあがると、客間として利用されている和室に案内された。
そこには何故か3組の布団が敷かれていた。
「?これは?」
蓮が不思議そうにその布団を眺めていると。
「今日は川の字になって寝ようよ?」
と、蒼が蓮の腕を引っ張ったのだ。
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