長編・シリーズ

□君を繋ぐ音楽
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このメンバーでお茶会とは、一体何年ぶりだろうか。
香穂子は皆の顔を眺めながら考えていた。
「…で、日野。お前今まで何していたんだ?」
先程から香穂子が冬海を独占しているのが面白くない土浦が、少し鋭い声で尋ねた。
「え?まあ、色々…」
離れた席に座る蓮を意識し、香穂子はごまかすかのようにえへへと笑った。
「お前…それでごまかせるとか思うなよ」
土浦はジロリと香穂子を睨んだ。
香穂子もそんな話でごまかしが利く相手ではない事は承知していたので、仕方なくかいつまんで説明した。
「えーと、一応地方だけど音楽大学を出て、それからそっちにそこそこの規模の楽団があって、うまく滑り込ませてもらってたの」
「それじゃあヴァイオリンと離れた訳じゃないんだね?」
柚木のそんな問い掛けに、香穂子は満面の笑みで答えた。
「離れられる訳ないじゃないですか!」
「そう、なら良かった。…君だけだったからね、本当にどうしていたのか分からなかったのは」
「あははは。まあ、コッソリですがしっかりとやってましたよー」
香穂子は笑いながら答えた。
そう、ヴァイオリンから離れられる訳がないのだ。今までも、そしてこれからも。
「じゃあ、今度楽しみしていようかな。君の演奏を」
「…が、頑張ります」
いきなりトーンダウンする香穂子の言葉に、皆が笑う。
だが、蓮だけはその静かな表情を崩さなかったのだ。
そして、急にガタリと立ち上がった。
「すいません、これから用事がありますので、お先に失礼します」
「え?帰っちゃうの?」
「…はい。仕事が入っていますので。ではまた来週に」
そして、そのまま帰ろうとする後ろ姿を見て、香穂子は慌てた。
「あ、待って『月森くん』」
香穂子は躊躇いながら、声をかけた。
だけど名前を呼ぶ事ができず、思わず苗字で呼んでしまった。
「…なにか?」
香穂子に呼ばれた事に、蓮は少し眉を潜めた。
そんな蓮の様子に、香穂子はぐっと息を呑み、それから気持ちを押し殺しながら尋ねた。
「あの、連絡先、教えてくれる?」
「…ああ」
蓮は胸ポケットからメモ用紙とペンを取り出し、サラサラとそこに携帯番号とメアドを書きこんだ。
そして、それをそっけなく渡したのだった。
「あ、ありがとう。そ、それから…」
香穂子はそのメモ用紙を大事そうに握りしめた。
そして、香穂子は何かを告げようと、蓮に声をかけようとした。
だが、そんな香穂子の様子に気付いていないかのように、蓮は顔を背け、そのまま行ってしまったのだった。
「…あ、あのさ」
その場ね空気が重くなり、いたたまれなくなった火原が香穂子に声をかけた。
だが、香穂子は気にしていない、というような微笑みを見せながら、くるりと振り返った。
「あ、皆さんにも月森くんの連絡先を教えておきますね」
香穂子はそう言って、先程渡されたメモ用紙を、火原に渡したのだった。
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