長編・シリーズ

□君を繋ぐ音楽
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…何をやろうか?
香穂子が出る事が決まってから、二人で考えて、
だした結論は。

愛のあいさつ

だった。
他にも思い出の曲はたくさんあるが、この日にふさわしいものは、やはりこれだろうと、二人で決めた。
自分達の想いを形にしよう、と。
蓮の奏でる音に添うように、香穂子の音が重なる。
…あの日、リリからこの曲の楽譜を貰ってから、大切にしてきた曲、そして、想い。
この恋から知った涙も、悲しみも、苦しみも、…喜びも。
全ての気持ちを一つひとつの音に乗せ、奏でる。
そして、蓮の気持ちと香穂子の想いが一つになる。
ふと、蓮と視線が重なった。
自分を愛おしみ、切ないまでに優しい瞳に、香穂子は涙が出そうになった。
…この想いをあきらめないでよかった。
香穂子は蓮や蒼や、自分の周りでこの気持ちを応援してくれた人びとに感謝した。
…みんな、愛してます。
そんな気持ちを込めながら。

最後まで奏で終わると、会場は割れんばかりの拍手が起きた。
二人が一礼して袖に引っ込んでも、それが止む事はなかった。
「すいません、収拾がつかないので、もう一回出てもらえませんか?」
そんなスタッフの声に、二人は苦笑しながら再び舞台にもどった。
そして、再び、今度は短く演奏して、一礼する。
再びの拍手に、香穂子と蓮は見つめあい、微笑んだ。
「香穂子」
激しい拍手のなか、ようやく香穂子の耳に蓮の声が届いた。
「ありがとう」
そう言いながら、差し延べてきた蓮の手を香穂子は、きゅっと握った。
「…こちらこそ」
そう微笑みかえすと、蓮は笑みを深くした。
そして。
握っていた香穂子の手を自分のほうに引き寄せたのだ。
「うわっ」
案の定香穂子はバランスを崩し、蓮に少しもたれるような形になってしまった。
「な、なにす…」
香穂子は蓮に抗議しようとした、が。

ちうっ。

香穂子の頬に蓮の唇の感触がした。
途端、会場にどよめきが走る。
…目の前で繰り広げられるバカップルショーに、呆気に取られたり、煽るように口笛を鳴らす人もいたりするのは、仕方ない。
そして、そのショーの真ん中に立つ香穂子は、ずざざっと後ずさりしてしまう。
更に犯人である蓮は澄ました顔で客席に一礼すると、香穂子の手を引き、袖に引っ込んだのだった。

「しっ、信じられないっ!」
香穂子はぎろりと蓮を睨んだ。
「なんで?もうっ公衆の面前であんな事するのかなぁっ!」
「すまない」
キャンキャン怒る香穂子に、蓮はしれっと謝罪した。
「君の笑顔が愛おしくて、ついしてしまった。…だが、別にかまわないだろう?」
「あのねぇ、見世物パンダぢゃないのよっ!」
「…だが、あれくらい普通だろう?」
「海外では普通でしょうけどねっ!ここは日本なの!しかも私たちの住む町!」
「…すまない」
エキサイトしていく香穂子を止めるべく、蓮は謝った。
「次からは気をつける。…無理かもしれないが」
「…は?」
蓮の謝罪の言葉に、漸く落ち着いてきた香穂子だったが…最後につけ加えられた言葉に、眉をひそめる。
「…あ、いや…なんでもない。それよりそろそろ着替えたほうがいい」
「?うん」
あとは帰る予定だから、別に急ぐ必要はないのだが、話をはぐらかすかのように蓮に言われ、香穂子は渋々楽屋に向かった。
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