長編・シリーズ

□君を繋ぐ音楽
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厳かな式の中、香穂子はちらちらと蓮を眺めた。
「…どうかしたのか?」
蓮はこそっと香穂子に尋ねた。
「…策士様の顔を拝んでやろうか、と思いまして」
「…策士…」
その棘のある言葉に、蓮は眉を潜める。
「だって私に黙ってこうした式を考えるなんて、どんな策士なのかなあって」
「いや、…その…」
黙ってという辺りに、良心の呵責を感じ、蓮は戸惑ったように声を潜めた。
「ふふっ、う・そ。…ありがとう、蓮」
「香穂子…」
「でも、内緒事はもうこれだけにしてね?心臓に悪いから」
「…」
香穂子の言葉に、蓮は急に口ごもる。
香穂子は再び眉を潜め、声を低くした。
「…まだ何か企んでいるの?」
「た、企むなんて…人聞きの悪いことは…」
むにゃむにゃと言葉を濁す蓮を香穂子はきっと睨んだ。
「何しでかそうと思っているのよっ」
「…それは」
蓮が困ったように言葉を詰まらせていると。
こほん。
神父が一つ咳ばらいした。
…二人のひそひそ話が聞こえたようだ。
香穂子の声が少し大きくなったので仕方ないが。
蓮はバツが悪そうに、香穂子に囁いた。
「…とりあえず、式が終わってから分かるから」
「…分かる?」
この結婚式だってかなりサプライズなのだから、これ以上のサプライズはないだろうと思っていたのだが。
香穂子が眉を寄せていると、蓮は苦笑いしながら言った。
「今は…この式にだけ集中していればいい」
「でも…」
「君の…花嫁姿、俺は君の笑顔つきでずっと見たかった。だから…」
「…馬鹿」
香穂子は絡めていた手に力を込めた。
「…本当に綺麗だよ」
蓮のそんな甘い囁きに、香穂子はそれ以上は話す事は出来なくなってしまったのだった。

誓いの言葉も口づけも、そして、指輪の交換も、香穂子は幸せの涙で滲ませた。
「…こんなに幸せで、夢を見ているみたい」
口づけのあと、香穂子がぽつりと呟いた。
「夢ではないさ」
蓮はそっと香穂子の手を握った。
「これからは、これ以上の幸せを、築いていこう、…二人で」
「…はい」
そして、二人で人々の輪を潜り、退場しようとした。が。
「あら?蒼ちゃんは?」
自分達の側で式を見ていたはずの蒼がいなかったのだ。
「どこにいっちゃってるのかしら?」
香穂子が心配そうに言うと、蓮は微笑みながら答えた。
「加地達と一緒にいるから大丈夫だ」
「…加地くんたち?」
何がなんだか分からない香穂子の腕を引き、訳知り顔の蓮は香穂子の腕を引っ張った。
「…行こう」
そう促され、香穂子は蓮と共に歩きだした。
そして、教会の入り口から外にでた時だった。
「……カノン?」
人々の拍手の先から聞こえるのは懐かしいあの曲だった。
一体誰が…?
香穂子が首を伸ばして、音の先を見ると。
あの時香穂子と蓮とともに、この曲を奏でていた冬海と志水と。
そして、香穂子達の代わりに、加地と蒼が演奏していたのだ。
「…これっ」
「…俺が蒼に教えたんだ。今日のために」
香穂子は溢れてくる涙が抑えられず、はらはらと零してしまった。
そして。
「…蓮のカバッ」
そう言いながら、香穂子は蓮の腕を引き寄せ、傾いた蓮の頬に、一つ口づけを贈った。
「…もう幸せすぎて死んじゃいそうなんだけど、どうしてくれるの?」
「…死んでしまっては困るんだが…」
蓮はそう言いながら、懐から一枚の紙を取り出した。
「その前にこれを書いてくれないか?」
「え?」
香穂子はその紙を確認すると、それは婚姻届だった。
「…サプライズにするつもりはなかったんだが、つい渡しそびれてしまった。…君の名前を書けば、提出出来るようになっているから、これが終わったら届けに行こう」
蓮らしいようならしくないような、段取りのよさに、香穂子はもう文句も言う事ができなかった。
「で?どこでこれを書けばいいのかしら?」
香穂子が尋ねると、蓮は四重奏の前を指さした。
「…あそこにテーブルを用意した。君は演奏を聞きながらそれを書いて欲しい」
そう言いながら、蓮は香穂子をそのテーブルに連れていった。
「…本当に渡しそびれたの?」
香穂子は苦笑しながらそのテーブルに座った。
そして。
「ヴァイオリンなんて久々に弾いたよ」
加地は苦笑しながら、持っていたヴァイオリンを蓮に渡した。
「すまなかったな」
蓮はそのヴァイオリンを受け取り、奏で始めた。
「…もう、本当に狡いんだから」
香穂子は笑顔を見せながら、婚姻届にサインをした。
「…みんな、ありがとう」
香穂子のそんな言葉に、蓮と、そしてこの企みに参加した皆が微笑んだのだった。
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