長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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久々に律の演奏を聴いた気がする。
かなではじっと律を見ながら考えていた。
相変わらず正確なタッチで、難しい曲を難なく弾きこなしていく。
…相変わらず凄い演奏だなぁ。
かなではじっと律を見つめながら考えていた。
自分達と別れて、それからも、自身の道を真っすぐ進んでいったのだろう。
…迷う事なく。
それに比べたら…とつい自分と比べてしまう。
私はこれからどうすればいいんだろう?
律の真っすぐな音を聴きながら、かなではその答えはこの先にあるのかもしれない、と思ったのだった。
「まったく、こんな時でも真剣勝負なんだからな、律は」
大地は律を見ながら呟いた。
「でも、それはどんな相手でも真剣に受け止めようとしている事なのかもしれないけれど。…まあ、不器用な奴だから、それが上手く出せないけれどさ」
「…」
大地が何が言いたいのか分かって、響也は不機嫌そうにむくれた。
「…んな事、分かっている。あいつと何年兄弟やってるんだってーの」
「はいはい。不器用な兄貴と素直じゃない弟。ひなちゃん結構苦労したんじゃないのかい?」
「あはははっ」
「…って笑ってないで否定しろ、かなでっっ」
「出来ないよね、本当の事だもん」
「だーいーちー」
「あははっ」
かなでは二人を見て楽しげに笑った。
そんなかなでをみて、大地はほっとしたように微笑んでみせた。
「少しリラックスできたみたいだね?」
「…え?」
「ひなちゃんもだけど、響也も少し顔が強張っていたからさ。律達は律達。俺達は俺達。らしい演奏で、今度は律達をびっくりさせてやろう」
大地は笑顔で響也の頭をぐりぐりと撫でた。
「…ガキみたいに扱うんじゃねぇよ」
響也は拗ねたように言った。
だけど、その雰囲気からは余計な緊張が解れたように感じられた。
そして。
「…オケ部の影の実力者にはかなわねーよ」
と憎まれ口まで叩く余裕まで生まれていた。
「…そこまでリラックスしてるなら大丈夫か。じゃあ、行こう」
大地のその言葉に、二人は舞台に向かった。


自分達の演奏が終わり、律とハルが大地達とすれ違う。
緊張はしているが、気負いもない。
そんな響也の表情を見て、律はほっとした。
小さい頃から、響也は時々変に気負い過ぎて、本来の演奏が出来ない時がある。
今回も自分の存在が、響也の力に下手な力みを生みそうな気がしていたのだが…、おそらくかなでか大地が上手くフォローしてくれたのかもしれない。
…自分では上手く出来ない事も、彼らには出来る。
そういう支え合いが出来れば、アンサンブルは上手くいくものだ、と思っている。
後は…、響也やかなでの演奏が合格圏内にいることを願いながら、律は三人の演奏を見つめた。
そして…始まった演奏は、律の想像以上のものだった。
二人とも、離れているうちにここまで実力が上がっていた事に、嬉しいような、…少し寂しいような。
小さな頃は、二人の事は何でも知っていたのに、…今では知らない事のほうが多い。
それが三年という時の流れなのだろうか。
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