長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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僅かに感じた、律の熱と甘い吐息に、かなでは顔を真っ赤にしてしまう。
…もっと近づきたかった、って言ったら…律くんどう思うだろう?
かなではほてる顔をぺちぺちと叩いた。
もう少ししたら、他のみんなが来る。その前に、この自分でも分かる顔の様子を治さないと。
そんな事を考えていると、準備室のドアが開いた。
「遅れてすいません」
「お待たせ」
入ってきたのは、ハルと大地だった。
「一緒だったのか?」
「いや、ちょうどドアの前で鉢合わせしただけだよ」
大地はそう言いながら、部屋をキョロキョロした。
「あれ?響也は?」
「まだ来てませんけど?」
かなでがそう答えると、ハルが呆れたように言った。
「さっきすれ違いましたよ。『腹が痛てぇから帰る』って。全然元気そうでしたから、サボるのはよくないと窘めようとしたんですが…あっという間に行ってしまって…」
「…全く、何をやっているんだ」
「…」
律は困ったように眉を寄せたが、そんな律の様子を大地は複雑な眼差しで見ていた。
…それに気づいたのは誰もいなかったが。
「響也には寮に戻った時にでも確認しよう。二人とも、決勝で演奏する一曲だが、これにしようと思うが、どうだ?」
律はそう言って、大地とハルにその楽譜を見せた。
「エルガーの『威風堂々』ですか?いいですね」
「へえ、五重奏?まさに僕らにピッタリじゃないか」
「ああ。…やはり最後は皆で優勝をもぎ取りたいと思う、ただ…そうすると俺はこの曲に専念する形になるから、もう一曲は小日向と響也での四重奏になる。それでいいか?」
律は医師から演奏の了解は貰ったが、制限つきだ。
それに、完治…ではないこの状態では、やはり一曲が限界だった。
大地もハルもそれは仕方ないと考えたようで、小さく頷いた。
「そうだな。じゃあ…四重奏は誰が1stに?」
「俺はこのまま小日向でいいと思う。響也はどうしても感情の並が激しいから、相手が相手だけに、無理はさせたくない」
「でも…小日向先輩も因縁の相手…ですよね?」
ハルは気遣うようにかなでを見ながら尋ねた。
思い出す前から、何かとかなでに因縁をつけていた冥加。そんな相手にかなでは萎縮してしまうのではないか、と心配なのだ。
だが、かなではニッコリと笑いながら首を横に振った。
「私なら大丈夫。…冥加さんは分からないけど、私は冥加さんをいいライバルだと思っているし、彼に…ううん、横浜天音に勝たないといけないって分かっているから」
「そうですか、それを聞いて安心しました」
曇りのないかなでの答えに、ハルはほっと息をついた。
「後は響也に了解を取って、決定しよう。残りの曲は小日向、お前が責任を持って決めろ」
「…はいっ」
かなでが力強く頷くのを確認すると、律は部長らしくその場を閉め、
「…」
ただ、大地だけが、そんな二人を複雑な眼差しで見ていた。
…嫌な予感がする。
そんな不安な勘は当たってほしくはないと思いつつ、拭えないまま、解散となってしまったのだった。
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