長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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「この話は、君も含め、何人かのOBに声をかけている。その中に日野くんもいる」
理事長は蓮の驚く様子も気にかけず、話をずんずんと進めていく。
「知らない相手でもないし、彼女と相談してやって貰ってもいい。とにかく君のような名前も実力もある人物が力になってくれると助かるのだがね」
「…という事はか…いえ、日野さんはこの話を了承した、という事ですか?」
蓮は理事長の話から薄々感じた事を思い切って尋ねた。
すると、理事長は大きく頷いてみせた。
「ああ。昨日だが快諾の返事をもらった」
「…それで…俺にこの話が来ている事を彼女は?」
「いや、話していない。別に他にどんな人物がいるのか、などという話はしなかったからな」
それはわざとなのか、本当に話の流れからなのか。
蓮にはその真意は分からなかった。
だけど、…彼女の名前を聞くだけで鼓動が高鳴るような状態では、受けてしまうのは躊躇われた。
「…すいません、何日か考えさせていただけますか?」
蓮は即答を避けたい意思をはっきりと示した。
これでこの話は無かった事にしたい、というなら仕方ないと思ったが、理事長はあっさりと了承してくれた。
「分かった。さすがに何日も、とは言えないが、数日猶予をあげよう。いい返事を期待している」
「…はい」
蓮はほっと息をついて理事長室を出た。
…この部屋に入る時はいつも事件が起きるな。
そう思いながら。


「…アルジェント、あれで良かったのか?」
蓮が部屋から遠ざかるのが分かると、理事長は呟くように尋ねた。
すると、ぽん、という音をたてて、なにもない空間からリリが現れた。
「すまないな、吉羅暁彦。無理を頼んだ」
「いや…今回はこちらもいい理由をつけてあの二人を引っ張りこめたのだから、助かる」
理事長がそう答えると、リリはため息をついた。
「…あの二人、うまくいって欲しいのだ。それが一番良いことなのだ」
「君がそう思っていても、人の心は複雑だからな。そう上手くいくとは思わないが」
「いーや!アルジェントである我輩のカンに間違いないのだっ!」
やけに自信満々にそんな事を言うリリを見て理事長はため息をついた。
「…余計な事をして、更にこじれさせないように注意するんだな」
「むきーーっ!」
理事長の発言に頭に血が上ったリリを置いて、理事長は部屋を出のだったた。


そんな漫才が繰り広げられているとは思っていない蓮は、部屋を出てからずっと考えていた。
…もう会えないかと思っていた。
今でも自分の心の中に住み続ける彼女。
…それがこんな形で再会できるなんて、思ってもみなかった。
とはいえ、会わなくなってかなりの時間が経つ。
香穂子だって他の誰かと新しい人生を歩んでいるかもしれない。
そう考えただけで胸が痛む。
だけど…それでも会いたいと思う自分がいるのだ。
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