長編・シリーズ

□君を繋ぐ音楽
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3.奏でられる真実

あのアンサンブル練習から数日が経過していた。
蓮は仕事の為、市民ホールに向かっていた。
アンサンブルコンサートの後、蓮はここでソロコンサートを開く予定となっていたのだ。言わば凱旋公演、というわけだ。
それもまた、吉羅理事長によって仕組まれたと勘繰ってしまう。
何せ、アンサンブルの打診について、理事長本人から連絡が来たのだ。
『君はこちらでコンサートがあるだろう?その時、わが校でもコンサートを開く事になっていてね、君にも参加してもらいたいのだよ』
と。
最初は忙しいからと断ったのだが、理事長は切り札と言わんばかりにこう言ったのだ。
『今回はあの時のアンサンブルメンバーでやってもらう事になる。つまり、日野君を中心に、君達にやってもらいたいのだよ』
香穂子の名前に、蓮の断りの言葉が止まる。
…突然連絡の取れなくなった、蓮の最愛の人。
一体何があったのか、どうして連絡をくれなかったのか。
聞きたい事はたくさんあった。
だけど、1番思ったのは…。
――会いたい。
視線を交わし、言葉を交わし、香穂子がそばにいる事を感じていたい。
…たとえ彼女が他の誰かのものになっていても。
そんな気持ちを抱えながら、蓮は数年ぶりとなる母校に足を運んだ。
理事長と共に向かった会議室で、土浦達懐かしい面々に再会し、なんとなくほっとしながら、香穂子の姿を探してしまう。だが、彼女はそこにはいなくて。
内心、もう会えないのか、と思っていた矢先。
「遅れてすいませんっ」
そう言いながら香穂子が会議室に飛び込んで来た。
…あの時の気持ちをどう表現したらいいのだろうか。
姿を見て、声を聞いた瞬間、心が震えた。
恋い焦がれた相手がそこにいる。それだけでたまらない気持ちになる。…だけど、それをどう表現していいのか分からない。
それに、この気持ちを香穂子にぶつけていいのか分からなかった。
香穂子は自分以外の誰かと歩んでいるのかもしれないのだ。そんな相手に、自分の気持ちは邪魔になるかもしれない。
そんな心の葛藤を隠す為に、蓮は無口になる。
…それが香穂子を傷つけるとは思いもよらないで。
それから、あの後のメンバーで軽食を取った時。
仕事の都合で先に帰る蓮に、香穂子が話かけてきた。
「月森くん」
そう呼ばれた時、香穂子に話しかけられた喜びと、…『蓮』とは呼んでくれない寂しさがないまぜになって、複雑な気分だった。
やはり君は、俺との事は過去になっているんだな。
蓮はそう判断してしまった。
だけど、溢れる想いは蓋をするのも一苦労で。
練習で会うたびに、彼女の存在を意識し、不意に香穂子を抱きしめたくなる。
そんな中、香穂子の音を聞いて、愕然としてしまった。
技術は上がったが、無機質な音で、蓮の愛してやまない、自由奔放で、優しくて愛おしい香穂子らしさがなくなっていたのだ。
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