長編・シリーズ

□君を繋ぐ音楽
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4.解かれる弦(いと)

九月に入り、蒼は新しい学校に転校し、慣れない生活で四苦八苦していた。
そもそも人付き合いというのが苦手なのだ。
『そんな所までお父さんに似なくていいのに』
そう言いながら、寂しそうに笑う母の姿を、蒼はいつも苦々しく感じていた。
母が遠い目をしている時、それはいつも父親を想っている時なのだ。
『月森蓮』というヴァイオリニストが自分の父である事は、母は自分には隠さないでいた。
『それを自慢にしていいかどうかは分からないけどね』
自分もヴァイオリンをやりたい、と蒼が言い出した時、その言葉と共に教えてくれた。
そして、CDやDVDを貸してくれた。
初めて聞いたその音は、蒼に鮮やかな印象を与えた。
…凄い。
こんな音を奏でる人が父親なんだ。
始めはそれが誇りに思えた。
だけど、なぜその人が自分や母の傍にいてくれないのか、なぜ、会いにきてくれないのか。
それを不思議に思い始めた頃、母が夜遅く泣いているのを見てしまった。
一人、父親のDVDを見ながら、『蓮…』と呟き、はらはらと涙を零していたのだ。
その姿は子供心に綺麗だとは思った。
だけど、母を人知れず泣かせているのが、誰でもない、父親だと思うと、蒼は段々父親が嫌いになっていったのだった。
実際、母にそう言うと、母は困ったように眉を潜めながら、
「そんな事、言っちゃだめよ?」
と諭してくるのだが。
そう言われれば言われる程、ますます嫌いになっていく。
でも、あの音色だけは心惹かれるものがある。
あの日も、たまたまあの辺りを散歩していたら、ヴァイオリンの音が聞こえてきた。
いつか自分も、あんな音を出してみたい。
そう思いながら、つい学校の中に入ってしまう位、音に惹かれた。
…よもやそれが、あの月森蓮のものだなんて、気付きもしないで。
だけど。
初めて会った時も、そして、…あの時も。
蒼はテレビごしでない蓮を見た瞬間、嫌いという感情がなかった。
憧れていた人にようやく会えた、そんな高揚感を感じた。
だけど、それを認めたくなくて、蒼は蓮を睨み、『嫌いだ』と言ってしまった。
…そうでなければ、蓮を想い、ひそかに涙する母親に申し訳ない気がしたから。
そんな意地も、土浦という母達の知り合いに諭され、消えていった。
今度会えたら、もう少し素直になれる、かな。
そう思いはじめたのだが…。
その今度がいつになるか分からない状態で、蒼は素直になれなかった自分を後悔したのだった。
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