長編・シリーズ

□君を繋ぐ音楽
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「君達は、我が星奏学院が今年100年の節目を迎えるのを知っているかね?」
「はい、それで記念事業を色々検討していますよね?」
現在星奏学院で教師をしている火原が答えた。
「そう。その記念事業の一環で、現役学生と、それからOBによる、コンサートを行うという企画がでている」
「…つまり、その企画に僕たちも参加しろ、という事なんですね?」
全てを察した皆を代表して、柚木が尋ねると、理事長は頷いた。
「卒業した今でも、君たちは有名でね。理事会でも是非に、と推されている」
「まぁ、あれだけ騒ぎを起こしていたからな」
土浦は苦笑しながら、かつての自分達を思い出していた。
「それに、君達は卒業後の活躍も目覚ましい」
理事長は淡々とそう言った。
志水は今、ソロで活躍している上、新進の作曲家としても名前を広めている。
冬海もソリストとして、また、いくつかのオケから客演として呼ばれる事もある。
土浦は日本屈指の交響楽団の指揮者として活動している。
加地は音楽関係を中心に文筆活動をしていて、その豊富な言葉使いと持ち前の華やかさで、最近テレビでも活躍している。
火原は、学生で後進の指導にあたる他、時々客演も出たりしている。
柚木は一族の文化事業に携わり、採算のなかなか取れない部分で相当な利潤をあげ、若き実業家として、経済界でも名前があがっていた。
確かにひとりひとりのその後の活躍は目覚ましいものがあり、学院関係者だけでなく、外部の人間にも評判を呼ぶだろう。
「…それで?ここにこうして集められて、こんな話を進めるって事は拒否権はない、って事ですよね?」
土浦は嫌味を含んだ声でたずねた。
だが、理事長は眉ひとつ動かす事はなかった。
「君達がこういうイベントに参加しないと返事をする訳がないと思っているので、ね」
「…それは?」
「君達が日野君ひとりに、こういう重役を背負わせる事はしないという事だよ」
「だけど、日野さんが頷くとは限らないでしょう?」
柚木が尋ねると、理事長は薄く笑って答えた。
「彼女が私からの依頼を断るとは思えないからね」
「…それはどういう事ですか?」
まだ香穂子にこの話をしていないのだ、と言っていたにも関わらず、必ず彼女は頷くという。
その自信は一体どこからくるのだろうか?
「とりあえず、今日の所はここまでだ。後は月森くんと日野くんがこちらに来てから話そう」
だが、その答えを話す事なく理事長は話を閉じてしまったのだった。
納得いかないまでも、呼び出した本人が話を閉じてしまっては、皆、何も言う事が出来ず、結局その場は解散となった。


理事長室を出た後。
「せっかくこうしてみんな集まったんだから、どこかでお茶していこうか?」
火原の提案に、皆が賛同する。
だが、一人、加地だけが申し訳なさそうにぺこりと謝った。
「…すいません、今日これから僕、用事があるんで…」
「仕事?」
「…まあそんなもんです」
加地は歯切れ悪くそう頷くと、急いでいるから、とそそくさと帰っていってしまったのだった。
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