長編・シリーズ

□君を繋ぐ音楽
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「香穂子、すまない。加地に頼んで蒼と会わせてもらった」
「…そう…」
こんなに側で話をするなんて、一体いつ以来だろうか。
香穂子は視線を合わせる事が出来ない。…十代の少女の時のように、ドキドキしていて。
でも、蓮はさほどではないのか、じっと香穂子を見つめていた。
「…貴方は父親なんだもの。私の許可なんてなくても、蒼に会いたければ会っていいのよ?」
「…いや、そういう訳にはいかない。君はこの子の保護者なんだから」
きまじめに蓮が応えるのを、香穂子は少し驚いてから、クスクスと笑った。
「…分かったわ」
「それから…蒼と約束したんだが…時間の空いている時に、蒼のヴァイオリンの練習を見る約束をしたんだが…いいか?」
「…え?」
香穂子は蒼に視線を向けた。すると、蒼は何かをお願いするような視線を香穂子に送っていたのだ。
「お母さん、いいでしよ?」
「…でも、月森くんの迷惑にならない?」
「親が子供に教える事の、どこが迷惑なんだ?確かに時間の都合のつく時にしか教えられないのだが…」
そこまで言われたら、香穂子もNOとは言えない。
「分かった。宜しくお願いします」
「…ありがとう」
「お母さん、ありがとう」
二人の満足げな表情に、香穂子はほっとしながらも、どこか寂しさを感じた。
ただ一人だけ取り残された気分。
そんな苦いものを感じながら、再び家の中に入ろうとした時、再び蓮に呼び止められた。
「それじゃあ、また…」
「…香穂子」
ぐいっと掴まれた腕に香穂子が驚いていると、蓮は深呼吸を一つしてから、話しだした。
「君と…ゆっくり話がしたい。いいだろうか?」
蓮の提案に、香穂子は目を丸くした。
彼のほうから、そんな事を言ってきてくれるなんて、思いもよらなかったのだ。
「う…うん」
香穂子が頷くと、蓮はほっとしたようで、掴んでいた手を緩めた。
「あ、あがって話してく?」
香穂子が玄関を指さしながら尋ねると、蓮は苦笑しながら首を横に振った。
「もう遅いし…君のご両親もいるだろう?」
「…あ」
香穂子はまだ蒼の父親について、両親に詳しく話していないのだ。
こんな状態では、じっくり話す前にパニックを起こしてしまいかねない。
「だから…明日の夕方はどうだろうか?俺の仕事が終わったら連絡するから」
「明日の夕方…分かった、大丈夫だと思う」
香穂子の返答に、蓮はほっと息をついた。
「…じゃあ、明日、連絡するから」
「…うん」
蓮はそれだけ伝えると、車に乗り込み、帰っていった。
それを香穂子は蒼と二人で見送り、車の姿が見えなくなってから家の中に入っていった。
「…お母さん」
靴を脱ぎながら、そうは呟くように言った。
「…僕、お父さんの事、好きだよ」
「……え?」
「お母さんも好きだよね?」
蒼に尋ねられ、香穂子は戸惑いながらも、小さく、でも確実に頷いて答えた。
「そうよ、お母さんも…お父さんの事大好きよ」
香穂子のその言葉に、そうは満足げに笑い、それからただいまぁ、と元気にリビングの中に入っていったのだった。
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