長編・シリーズ

□君を繋ぐ音楽
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6.紡がれる過去

星奏学院の2学期は、香穂子の充実した留学報告から始まった。
…いや、それを聞いていた天羽達には、ただのお惚気にしか聞こえなかったが。
何せ何か話す度に「蓮がね」「蓮とね」「彼と一緒にね」と、必ず蓮が絡んでくるのだ。
「…あーはいはい」
始めは何かの記事になるとか、冷やかしのネタになりそうだとか、そういった理由でも話を聞いていた天羽達であったが、いい加減うんざりしてきた。
「…まあ、充実していてよかったな」
最後はおざなりな感じで土浦がそう言うと、香穂子が頬を膨らませるのだが。
「…でも、あの日々が充実していた分だけ、ちょっと今がきつい、かな」
そんなある日、香穂子は天羽にそんな事を言い出した。
「なぁに?まだひとつきも経っていないのに、月森くん欠乏症なの?」
天羽が呆れたように問い返すと、香穂子は苦笑した。
「それもあるよ」
「…あるんだ」
天羽のツッコミに、香穂子はほんの少しむっとしながらも、コホンと咳払いをして、話を続けた。
「月森くんだけじゃなくてね、…ヴァイオリンの事もね」
「ヴァイオリン?」
「うん、もうあの一ヶ月、ヴァイオリン浸けの日々だったからね。…今、それが出来ないのがきつい、かな」
「あはははっ」
天羽は思わず笑ってしまった。
そんな親友の態度に、香穂子は少しむっとした。
「なんでそこで笑うのよっ」
「あーごめん、ごめん。いやはや、そこまで月森くんに感化されたのかなって」
「そんな訳な…くはないか」
香穂子は天羽の言葉に否定できなかった。
自分でも、そんな気がしないでもなかったのだ。
「まあ、それだけ留学が充実していたんだろうけど」
天羽はニッコリと微笑んだ。
「その充実したものを、これからどんどん出していきなさいって事だよ。物足りないなんて言ってないで、そっちをがんばりなさいよ」
「…そっか、そうだよね」
香穂子は天羽の言葉に納得したように頷いた。
「成果を出して磨きをかけて、また留学して…月森くんと一緒に頑張るんだ」
「結局そこかいっ」
天羽に突っ込まれながらも、香穂子はからからと笑ってごまかした。

…それは9月も終わりのある日のひとこまだった。

そんな香穂子が、自分の体の異変に気付いたのは、それから間もなくの事だった。
…生理、遅れているなぁ。
初めはその程度だった。
定期的に来るものが来ない違和感。
ただそれは、留学とか色々あって、体のリズムを狂わせているだけだと思った。
だけど、遅れが更に一週間延びると、香穂子の中に焦りが生まれてきた。
…まさか、ね。
ムクムクと生まれてきたある事を香穂子は否定した。
それはあってはならない事だから。
とはいえ、このままうだうだと悩んでいても仕方ないので、思い切って隣町の産婦人科に向かった。

そして…その懸念が事実である事を知らされてしまう。
「間もなく4ヶ月になるところですね」

…香穂子は愕然としてしまった。
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