長編・シリーズ

□君を繋ぐ音楽
98ページ/99ページ

〜Epilogue

土浦夫妻は病院の受付で、お見舞い相手の病室を確認すると、足早にそこに向かった。
「ふふっ、驚いてくれるかしら?」
「…怒られたりしてな」
相手はゲリラ的なものな弱いので、嬉し泣き…はしないで、「何するのよーっ!」と叱ってくるかもしれない。
二人、いや、二人の間の娘も合わせて三人でその病室のドアをノックする。
そして。
「おめでとうございます」
冬海がそう言いながら病室の中に入ると、部屋の主ば目を丸くして三人を見た。
「やだっ、何?どうして知ってるのよっ」
「…お前、事務局に連絡しただろ?真っ先に俺の所に連絡しろよな?コンミスのくせに」
土浦ばそう言うと、ぷうっと膨れて反論した。
「きょ、今日連絡しようと思ったのよ?…冬海ちゃんに…」
「笙子のほうかよっ」
「えー、仕事仲間よりも友達優先でしょ?」
そんなやりとりに、冬海はクスクス笑った。
「梁太郎さんの負けですよ。香穂先輩には口では負けますから」
「だよねー?」
部屋の主である香穂子がカラカラと笑った。
「…」
女性陣に負かされ、土浦はむすっとした。
「にしても、なんだか気を使わせちゃったわね?」
香穂子が苦笑しながら言うと、冬海は慌てて首を横に振った。
「いえっ、そんな事ないです。それよりもおめでとうございます」
冬海はそう言いながら、持っていた花束を手渡した。
「ありがとう」
照れ臭そうにその花束を香穂子は受けとった。
「で?どっちだったんだっけ?」
土浦が尋ねると、香穂子は花束をベッドの隣のテーブルに置きながら答えた。
「女の子よ。やっぱり蓮そっくりなのよねえ」
香穂子はため息をつきながら答えた。
…香穂子は数日前に、二人めの子供を産んでいたのだ。
それを知った土浦達がお祝いとお見舞いを兼ねて、香穂子にここに内緒で訪れていた。
「顔はそっくりでも、性格は似ないようにしなきゃ」
「…お前、自分の旦那捕まえてなんて言い種なんだ?」
土浦が呆れたように尋ねると、香穂子はびしっと指さしながら答えた。
「あのねぇ、女の子なのに朴念仁の鈍感なんてかわいそうでしょ?…大体蒼ちゃんがそっくりなんだから、私の苦労も推し量れるでしょ?」
「…お前が苦労してるようには見えない…」
「なんか言った?」
香穂子はきっと土浦を睨んだ。
…この話題はこれ以上やめたほうがいい。
土浦はそう思って、話を変えた。
「そ、そういえば月森はどうした?」
「ん?明日退院だから色々手続きしてもらってるんだけど…遅いわね」
そんな話をしている時だった。
「ああ、君達来ていたのか」
蓮が蒼を連れて部屋に戻ってきた。
「…そこで看護婦さんがもうすぐ授乳時間だから赤ちゃんを連れて行くって言ってた」
蒼は少し無愛想に言った。
「…お前、しばらく見ないうちに、父親に似てきたな」
少し呆れたように土浦が言うと、蓮は眉を潜めた。
「…土浦、それはどういう意味だ?」
「…土浦のお…兄さん?」
蒼も父親と同じような表情になるが。
「今、おじさんと言いそうになっただろう?」
と、土浦に頭をぐりぐりと撫でられてしまい、それ以上反抗できなくなってしまった。
「しかし…なんだ?妹が出来て、両親の愛情が妹に偏ったんで拗ねているのか?」
「…偏る、ねえ」
蒼は深くため息をついた。
「出来れば偏ってほしかったかも」
「…は?」
「蒼ちゃん、失礼ねっ」
「蒼、それは…」
両親は息子に反論しようとした、が。
「あのさあ、僕もそこまでお子様じゃないんだから、妹出来て反抗なんてしないって言っているのに、過剰に甘やかすのはやめてくれないかな?」
「それは…」
冬海は思わず苦笑いしてしまった。
何となくその風景が思い描けるからだ。
「過剰なんてそこまでしてないわよっ!蒼ちゃんだって、妹溺愛しちゃってさ、お母さんかまってくれないから淋しくて淋しくて…」
香穂子はわざとらしく泣いて見せる。
だが、敵もさるもので。
「お母さん、わざとらしいよ」
ジト目で香穂子を睨んだ。
土浦はその様子に、呆れたように蓮に尋ねた。
「…この親子漫才、しょっちゅうなのか?」
「…ほぼ毎日」
「「…」」
蓮の答えに、土浦夫妻はただ苦笑しかなかった。
その時、コンコンとドアがノックされ、看護婦が入ってきた。
「月森さん、お時間ですよ」
そう言って腕に抱いた赤ん坊を香穂子に手渡した。
「冬海ちゃん、ほらほら」
香穂子は冬海を呼んだ。
「可愛いっ、ええと…」
なんて呼べばいいのだろうか?
冬海が迷っていると、蒼は自慢げに答えた。
「藍だよ、月森藍って言うんだよ」
「藍ちゃんね?藍ちゃん、はじめまして」
冬海がそう言って、藍の頬を優しくつついた。
そして。
「さて、と。俺達はおいとまするか」
「そうね、それじゃあ、また落ち着いた頃に遊びに行きますね?」
そう言って、土浦達は部屋を後にした。
冬海がドアを閉める時、部屋の中を伺うと。

…藍を中心に、幸せそうに微笑みあう家族の肖像がそこにあったのだった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ