長編・シリーズ

□reunion
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香穂子はヴァイオリンを調整しながら、楽譜に向かった。
「先生、オケのほうの調整で忙しくて、まだ来れなさそうなの。…もしよかったら、少し練習を見てもらっていいかな?」
蓮は香穂子のそのお願いに、一も二もなく頷いた。
「構わない。では課題曲、どれくらい出来ているんだ?」
蓮は香穂子に近付きながら尋ねた。
「え…とね…」
香穂子は楽譜を指差しながら、答えた。
「この辺りがイマイチ掴めなくて…」
「じゃあ、そこの少しまえ、…この辺りから弾いてみてくれないか?どんな感じなのか確認したい」
「わかった」
香穂子は蓮の指示された場所から弾きはじめた。
最新は順調だったが、香穂子が不安だと言っている部分になると、音が安定しない。
「…なるほど…」
蓮は香穂子の肩に手を乗せた。
「不安だと思っているのか、その辺りになると、どうも肩に力が入りすぎているみたいだな。そこを注意して、さっきの所からもう一度弾いてみてくれ」
「うん」
香穂子は蓮に指定された所を注意して弾いてみた。
すると、最新の頃からは大分よくなってきていた。
とはいえ、合格点にはまだ遠く、香穂子は少しだけがっかりした。
「あとは繰り返し練習して、体で覚えていくしかないな。あとは…」
蓮はそう言いながら、自分のヴァイオリンを構えた。
「俺と一緒にやってみよう。うまく出来る所を体に覚えさせるんだ」
「…うん」
香穂子は蓮の言葉に頷くと、再びヴァイオリンを構えた。
そして、蓮のリードで同じように弾いてみせる
すると、先程まで苦労していた部分が、蓮に引っ張られ、うまく演奏する事ができたのだ。
…この人は本当に凄い人だ。
香穂子は改めてそれを認識した。
そして、本当に蓮と同じ道を歩んでいけるのか、不安にもなった。
だけど…、と香穂子は気持ちを引き締めた。
…私はもうこの道を歩むと決めたのだ。だから、もう逃げない。
「そうか…こうすればいいのね?」
自分の出来ていない部分を発見し、香穂子は確かめるように再度同じ所を弾いた。
「そう…うん、さっきより大分よくなった。それを繰り返して、自分のものにすればいい」
「ありがとう…月森くん」
「いや…、これは俺の為でもあるから。頑張ってくれ」
時計を見れば、そろそろオケの練習に戻らなければならない時間になっていた。
土浦や各パートの責任者と再度話をつめなければならないのだ。
蓮は名残惜しげに、練習室を後にしたのだった。

そんな二人の練習を、土浦と加地は側で聞いていた。
途中で二人がデュエットを始めた時、土浦の顔が苦々しげに歪んだ。
「…この二人が揃った所を、観客に聞かせたかったよね」
加地が残念そうに言ったその言葉は、まさに土浦が考えていた事だった。
彼らとともに、それを自分の指揮でできたら、どんなに最高だっただろう。
こうして聞いている間にも、二人の音は高めあい、更なる音を生み出していたのだから。
「…ま、そんな日が早く来る事を願うけどな…」
「そうだね」
二人がその演奏をしばらく聞いていると、蓮が部屋から出てきた。
そろそろ時間なのだろう。
蓮は二人の存在を確認すると、真っすぐ近寄ってきた。
「…聴いていたのか?」
「まあね、どんな感じかなぁって思って。…よかったよ。君も、日野さんも」
「そうか…」
「この調子なら、あいつのコンクールも心配ないだろうな。で、問題はこっちだ」
土浦はきっと唇を真一文字に結ぶと、蓮に尋ねた。
「これからどうするか、だ。コンマスが変われば、大分色々変わる」
「それなんだが…」
蓮はオケの練習場に戻る道すがら、自分の意見を土浦に伝えたのだった。
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