長編・シリーズ

□reunion
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8.分岐と交差、そして…

香穂子がコンミスを降りる事になった翌日、土浦から今後の方針について告げられた。
「こちらで何人かコンマス候補があがったが、これといって決め手がない。そこで、昨日、各パートの責任者と相談したのだが、その候補をテストする形で練習をしてみたい。少し迷惑をかけてしまうが、最善策が他に見当たらないんで、すまない」
土浦はそう言った後、その対象者の名前をあげた。
そして、その名前の中に自分がいたことを、早水は当然の思いで聞いていた。
正直香穂子のレベルから考えたら、今土浦が挙げていたメンバーは妥当だと思うし、その中でも自分が一番だと思った。
そして、土浦の側でそれを聞いていた蓮のほうをちらりと見た。
…ここで自分が香穂子以上であると分かれば、きっと自分を見てくれるに違いない。
そう思いながら。

「じゃあ、まずは早水からだな」
土浦に言われ、早水はコンマスの席に座った。
指揮の土浦や、メインの蓮の側。
ほんの少し興奮しながら、その席に座った。
ちらりと友人達のほうを見ると、やったね、のような顔をして早水を見ていた。
早水はそれにニヤリとした笑顔で答えた。
「それじゃあ、まずは月森を入れた曲のほうから…」
土浦が指示した曲の楽譜を取り出し、譜面台の上に乗せる。
そして、側に立つ蓮の背中を見つめた。
…あの人はこんな近くであの人を見ていたんだ…。
それを認識すると、早水は軽い嫉妬を覚えたが、それはすぐに消えてなくなった。
…今、彼の側にいるのは自分なのだ。
「…じゃあ、始める」
土浦がちらりと蓮を見て、蓮が頷くのを確認すると、タクトを振り上げた。
自分のコンミスとしての技量を発揮するときだ。
早水は浮き上がる気持ちを抑え、ヴァイオリンを弾いた。
ところが。
数分演奏した所で、土浦が演奏を止めたのだ。
「ちょっと待て、月森」
土浦は蓮を見ながら言った。
「なんだかやる気のない音だな?」
「そうだろうか?」
蓮はそこに気持ちを乗せていないような様子で答えた。
そんな答えに、土浦はむっとした。
「そうだろうか?そこはそんなに淡々とした音でなくて、だなあ」
「だが、第1ヴァイオリンに合わせると、どうしてもこうなるんだが?」
「…」
土浦はため息をついた。
確かに、蓮の言う事はごもっとで、土浦も気にはなっていた。
この楽曲で主旋律となるはずの第1ヴァイオリンなのだが、どうしてか、他のパートの影に隠れたように聞こえてしまうのだ。
ここは蓮を支えるべき所なはずなのに。
「だったら月森、お前が第1を引っ張りだせよ」
「何故だ?それはコンミスの仕事ではないのか?」
「いや、早水はコンミスになりたてで…」
土浦は早水をかばうように言ったが、蓮は早水をちらりと見ただけで、再び土浦に向かって言った。
「そんな甘えた事を言っていられる余裕はないと思うが?時間的にも」
「そうかもしれないが、最初からそれが出来る訳ないだろう?」
「出来る出来ないの問題ではない。本人のやる気の問題だ」
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