長編・シリーズ

□reunion
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2.高鳴る想い

蓮と再会した数日後。
香穂子は講義を受ける為に、学校内を歩いていた。
辺りはすっかり春から初夏に彩りを変え、空気も少しずつだが、暑さのほうが勝ってきたような気もする。
つい先日桜が咲いていたと思っていたのに。
そんなことをしみじみと考えていた時、前方に、顔見知りの背中を見つけた。
背中だけで、誰だかすぐ分かる。『彼』だ。
…どうしよう、声をかけようか。
一瞬迷うのは、その人が香穂子の特別な人だから。
声をかけるのもかなりドキドキする。
でも、今声をかけないと、後で後悔しそうな気もする。
そんなことを少し迷った末、香穂子は走ってその人物に近寄り、声をかけた。
「月森くん、こんなところでどうしたの?」
「…日野」
香穂子が声をかけると、蓮は少しだけ目を丸くして、くるりと振り返った。
「今日はオケの練習日だから、こっちに来たのだが…。仕事のほうも今日は急ぐものもなかったし…」
「でも、練習時間までまだあるでしょ?」
練習時間は昼過ぎから。今はまだ午前中だ。
香穂子がそう考えながら尋ねると、蓮は少しだけ困ったような表情になった。
「理事長に許可をいただいているので、こちらの練習室が空いていたら、借りようと思ったのだが、…今日は満室みたいで。それで、どこか練習できる場所を探しているんだが…」
確かに勝手の違う場所で、どこに行けばいいのか迷うだろう。
香穂子は自分がたまに使う、取っておきの場所を教えようかと思った。
だが、香穂子もそんな場所に案内できる時間の余裕がない。
と、その時、香穂子にいい案が浮かんだ。
「ねえ、時間を潰すのって、練習じゃなきゃダメ?」
「え?いや…そういう訳じゃないが…」
蓮のその返答に、香穂子はほっと息をつき、それから微笑みながら言った。
「なら、私と一緒に授業を受けない?」
「え?」
香穂子の提案に、蓮は目を丸くした。
「これから一般教養のドイツ語なんだ。別に出欠を取る訳でもないし…人も多いから、紛れ込んでも問題ないと思うの。だから、行かない?」
「だ、だが…」
蓮が返答を躊躇う。
確かにとんでもない提案だとは、自分でも思う。
だが、ここですぐには離れたくなかったのだ。
…出来るだけ一緒にいられる時間を過ごしたい。
……あの時のような後悔は嫌だったのだ。
香穂子が祈るような気持ちで、蓮の答えを待つ。
すると、蓮は苦笑しながら尋ねた。
「…本当に潜り込んだりして、大丈夫だろうか?」
それは、香穂子の提案に乗ってくれる、ということだろうか?
香穂子は自分の都合のいいほう、つまり、提案に乗る、ということだと判断して、嬉しそうに頷いた。
「大丈夫、大丈夫。ドイツ語の先生、教えるのは上手いんだけど、そのあたりかなりアバウトなんで有名なんだ」
「…そうか、じゃあ、そうしようか」
「うん」
香穂子は笑顔で頷いた。
そして二人は、ドイツ語の授業を行う教室に向かったのだった。
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