長編・シリーズ

□reunion
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1.思いがけない再会

香穂子が楽譜を抱えて、キャンパスの中を歩いていると、背後からこつんと、誰かに叩かれた。
「なんだか楽しそうだな」
「おや、土浦くん」
叩いたのは土浦で、持っていたノートで香穂子の頭を叩いたようである。
「今から学生オケの練習でしょ?だから楽しみで」
「…なるほどねぇ」
本当に嬉しそうに笑う香穂子を見て、土浦もつられて笑った。
学年があがり、香穂子はこのオケで第一ヴァイオリンのメンバーに選ばれたのだ。
そして、その最初の会合がこれから行われようとしていた。
…少しずつ夢が叶っていく。
香穂子はそれが楽しくて仕方なかったのだ。
だが、土浦は少し不満げに答えた。
「でも、お前の実力なら、もっと早く第一ヴァイオリンに抜擢されていてもおかしくはなかったと思うけどな」
「そう?」
香穂子は軽く目を見開いた。
だが、すぐにからりと笑った。
「仕方ないわよ、私には実績がないんだもの」
「実績、ねぇ」
土浦は不満そうに呟いた。
ここで言う実績とは、コンクールの事で、高校二年生の時にひょんな事からヴァイオリンを始めた香穂子は、外部のコンクールを受けた事はなかったのだ。
星奏学院の大学部音楽科はレベルが高い。
高校の音楽科のレベルが高い上に、エスカレーター的に上がってくるのだから、当たり前の事だ。
だからなのだろうか、周りはいくつもコンクールを受けて入賞したような者ばかりで、そんな中にいるのだから、自然と実力イコール取得した賞な数、という風潮が流れているのだった。
「でもそんな中で二年生で第一ヴァイオリンに入れたんだから、大抜擢と言えなくない?」
香穂子はエヘン、と胸を張った。
そう、自慢してもいいのだ。
「でも、俺が指揮するなら、お前をそんな位置に甘んじさせるなんてしないんだけどな」
「えー、何をさせるつもり?」
「コンミス」
「…え?」
土浦の意外な言葉に、香穂子は丸く目を見開いた。
「何を驚いているんだよ?」
「え?いやだって…」
香穂子が戸惑うような反応を見せると、土浦は苦笑しながら答えた。
「お前、経験済みだろ?何へんな顔しているんだよ?」
「…だって…」
香穂子は困ったように眉を寄せた。
「だってあの時は、コンミスのなんたるかなんて、あまり分からずにやっていたんだもの。本当に恐いもの知らずって感じで」
「でも、立派にやりとげていただろう?」
「それは…ほら、都築さんとか周りから支えがあったから」
「…なんだ?俺じゃあ支えにならないって感じだな、それって」
「そんな事、誰も言っていないってば」
香穂子は拗ねたようにそう答える土浦に、思わず笑ってしまった。
「ま、コンクール至上主義ってのは、どこも変わらないって事なんだから、それをブチ壊してやりたいもんだよな」
「そういう所は変わらないよね、土浦くんは」
「まあな」
二人クスクスと笑いながら、学内オケの練習場に向かった。
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