長編・シリーズ

□reunion
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「それに?」
一度言葉を止めた香穂子を不思議に思い、蓮は香穂子に尋ねかえした。
香穂子は、蓮の声に、はっとなって、慌てて言葉を紡ぎだした。
「え?ああ、それに、…少しでも目標とする音に近づきたいって思っているから、…月森くんに褒められると、それに一歩近づいたような気がするの」
「…そうか?」
「うんっ」
香穂子は楽しそうに頷きながら、交差点を渡った。
この交差点を渡りきると、二人は別々の道を帰る事になる。
その淋しさを隠すように、香穂子は勢いよく振り返った。
「だって、私の目標はいつでも…月森くんだから」
「…え?」
香穂子の意外な言葉に、蓮は目を丸くした。
自分が、香穂子の目標になっているとは、初耳だ。
…自分が彼女の音を目標にするなら分かる、が。
そんな蓮の複雑な胸の内を知らない香穂子は、興奮した様子で語りだした。
「初めて月森くんのヴァイオリンを聴いた時から、私の目指す音楽はいつも月森くんなんだよ。勿論、私と月森くんだと、考えていることや、今までの経験が違うから、全く同じにならないし、なったらそれはそれで面白くはないんだけど…でも、私もいつかは月森くんみたいになりたいって、そう思っているの…って何で私、こんなに語っちゃったんだろ?」
香穂子は照れ隠しのように、苦笑しながら、自分の進む道に歩きだした。
「…なら、俺はいつまでも君の目標となるように努力しなければならない、という事か」
「そうそう。…なーんて偉そうに言う事じゃないわね」
香穂子はクスクスと笑った。
そして、体を蓮の方に向けると、淋しそうに笑いながら言った。
「じゃあ、またね」
「ああ」
二人は名残惜しげにそれぞれの道を歩きだした、が。
香穂子は不意に立ち止まり、家へと歩きだした蓮に向かって言った。
「あ、今日は庇ってくれてありがとう!」
その声に蓮は慌てて振り向く。
そこには、優しげに微笑み、こちらに向かってバイバイと手を振る香穂子がいた。
「…ああ」
蓮もまた、香穂子に向かって笑顔で手を挙げた。


…二人は、お互いの笑顔で胸を暖かくし、家へと帰っていったのであった。
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