長編・シリーズ

□reunion
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蓮達の上の部屋では、香穂子が支度を整えていた。
二人きりの時間。
ヴァイオリンの練習という、本当に色気がないものだが、それでも香穂子には嬉しい時間なのは確かで、少しだけドキドキしてしまう。
…いつになったら、このドキドキはなくなるのだろうか?
香穂子は思わず苦笑してしまう。
多分ずっと。
香穂子が蓮を諦められるまで。
…そんな日がいつくるかなんてわからないけれど。
そう、例えば蓮が誰かを…早水のようなヴァイオリンの上手い誰か…と付き合う、とか。
香穂子はそう思うと、ため息をついた。
…そんな事で諦められるのか、分からないけれど。
「…先輩?」
香穂子の後ろから冬海が声をかけてきた。
「あ、ごめん起こしちゃった?」
香穂子は申し訳なさそうに言った。
「いえ、私も少し早く起きて練習しようと思っていましたから」
「そか」
冬海の答えに、香穂子はふわりと微笑んだ。
そして、からりと窓を開けた。
夏の爽やかな風が部屋に入り込んできた。
「今日も天気が良くなりそうね」
「そうですね」
二人で窓の外を眺めた。
遠くに星奏学院高校が見える。
香穂子はその景色を遠い目をして眺めた。
卒業して二年。
ヴァイオリンと…蓮に出逢って三年。
なのに、昔のような気がする。
「なんだか学院が遠く感じますね?」
冬海が香穂子の言葉を代返するかのように言った。
「そうね。あそこはもう、私たちの学校ではなくて、在校生のものだからね」
オケ部の練習の手伝いに行けても、リリに会っても、あそこは香穂子の居場所ではないのだ。
そんな寂寥感を感じていた時だった。
何やら下の階が騒がしいのに気付いた。
「…この下って月森くんと土浦くんの部屋、だよねえ?」
「はい、確か…」
だが、聞こえてくる声はもう一つある。
「というか、この声…」
「ええ、おそらく…加地先輩のですよ、ねえ?」
二人は顔を見合わせながらため息をついたのだった。
「…ちょっと練習に行ってくるね?」
「いってらっしゃい」
二人はこれからおこるであろう台風を予測し、朝からどっと疲れたのだった。

香穂子は蓮と待ち合わせの場所に立っていた。
…あの騒ぎであれば、確実に起きているはず。
そんな事を思っていると、コツコツと足音が聞こえた。
「すまない、待たせた」
蓮の本当にすまなさそうな声が聞こえ、くるりと振り返った。
「ううん、私も今来たば…か…りぃ?」
香穂子は蓮を見て驚いた。
いや、蓮ではなく、その後ろを見てびっくりしたのだ。
「…あ、あの…」
「…すまない」
蓮は深いため息をつき、再び謝罪した。
「…やっぱり…」
香穂子もまた頭を抱えてため息をついた。
さき程の声は幻聴でもなんでもなかったようで。
「おはよう、日野さん。いい天気だねぇ」
暢気にニコニコと微笑みながら、蓮の後ろには加地が立っていたのだった。
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