長編・シリーズ

□reunion
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「日野…早いな」
蓮は目を丸くして香穂子を見つめた。
「それは月森くんも同じでしょ?」
香穂子がクスクスと笑いながら言った。
確かに、この時間にこの場所にいるというのは、自分もまた早く起きていた、という事なのだ。
香穂子にそう指摘され、蓮は思わず苦笑してしまった。
「…何故か早く目が覚めてしまって…、再び眠れそうにもないから、こうして少し散歩がてら練習をしていたんだが…」
…本当は蓮もまた、眠れない上に早く起きてしまった口なのだが、その辺りはごまかしてしまった。
だが、香穂子はそう、と言って、別に深く追求してこなかった。
「あの…ね、私月森くんに謝りたくって…」
それよりも大切な事が香穂子にあったようで、香穂子はモジモジしながら言葉を紡いだ。
「謝る?」
「昨日、その…いろいろ迷惑かけたでしょう?」
「…ああ」
昨日というキーワードに、蓮はドキッとした。
何度か抱き着かれ、嬉しいような困ったような複雑な気持ちになった訳だが…謝られるような事はない。
「…いや、それはかまわない」
むしろ、役得…いやいや、彼女にたいして…ヨコシマな事を考えてしまっていた後ろめたさはある。
だから蓮には香穂子に謝罪される事はない。…むしろ、こっちが謝らなければならないかもしれない。薮蛇になるので、それはできないが。
だが、香穂子はそれでは気がすまないようで、しゅん、とうなだれながら、蓮に申し訳なさそうに言った。
「でも…、私ってパニックになって、かなり迷惑かけたでしょ?もしかしたら、月森くん優しいから、気にしないって言ってくれているのかなって…」
…優しい?
香穂子の言葉に、蓮は目を丸くした。
冷たいだのキツイだのは散々言われてきたが、…優しいとは生まれて始めて言われたかもしれない。
「…本当に…大丈夫だから」
蓮は慎重に言葉を選びながら言った。
彼女が優しい人間だと自分を見ているなら、それらしく振る舞いたい。
今まではそんな事を考えた事もなかったが、香穂子の事になると、話は別だ。
あまり他人の考えている事に左右されないし、されたくもなかった蓮には、驚きの変化だ。
「本当に?」
香穂子がびくびくと伺うように蓮を見つめてきた。
そんなかわいいけれど不安そうな表情に、蓮は笑顔で答えた。
「ああ」
「そ、そか…。よ、よかったぁ」
香穂子は蓮の微笑みを見た途端、今度は真っ赤になって恥ずかしそうに俯いてしまった。
自分の一挙手一投足に色々な顔を見せる香穂子に、蓮の眦は自然と下がっていく。
…もしかしたら、彼女も…。
そう期待してもいいのだろうか?
だが、蓮はその結論を急ぐ事はなかった。
それはまだ香穂子の気持ちがそうであると、自信をもって思えるような段階でななかった、というのもあるし、まだまだ時間はたっぷりあると思っていたからだ。
…これからゆっくりと、お互いの気持ちを確かめあいたい。
蓮は香穂子を見つめる眼差しに、そんな想いをこめだ。
…だが、それは呆気なく崩れるのはほんの数時間先である事を、蓮はまだ気づかず。
「そろそろ朝食の時間た。…行こうか」
「う、うん…」
二人は並んで合宿所に戻っていったのだった。
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