長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
108ページ/260ページ

(2)Side蓮×香穂子

M響へのゲスト参加の話も、段々本格的になり、蓮も頻繁に通う事になった。
今日はヴァイオリンパートメンバーとの顔合わせで、新しいコンミスの香穂子とともに、挨拶をした。
「改めまして、これからよろしくお願いします」
香穂子は笑顔で手を差し延べてきた。
「…こちらこそ」
蓮は高鳴る鼓動を必死に抑えながら、その手を握った。
…こうして体を近づけるたび、触れるたびに、こんな状態だと、心臓がもたないんじゃないか、と心の中で苦笑しながら。
「あ、月森くん?」
香穂子は思い出したように尋ねた。
「今度ヴァイオリンパート内で親睦会開こうって言っているんだけど、いつがいい?」
「え?ああ…しばらくは夜は空いているかな。…今日以外は」
「今日?」
「ああ、加地と久しぶりに会う事になったんだ」
蓮はそう言いながら、ため息をついた。
「…なんでため息なの?」
微妙な顔をしている蓮に、香穂子は何となく理由は分かったが、あえて尋ねると、蓮は更にため息をついた。
「この前、加地の連絡先を聞いただろう?それで早速電話をかけてみたのだが…」
蓮はあのハイテンションな電話を思い出し、眉を寄せた。

電話をかけると、加地はすぐに出てくれたのだ、が。
『えっ?月森?マジで?』
『…』
初めからやたらとテンションの高い反応を見せられ、蓮は電話をした事に嫌な予感がした。
『久しぶりだな』
『うんっ、うんっ!久しぶりっっ元気だった?今どこ?海外?それとも日本?君の活躍はよく聞いていたけどさ、なかなか連絡くれなかったから、どうしているか心配だったんだけど、声を聞いた限りでは元気そうだね?よかったぁ』
…相変わらずのテンションと、マシンガントークぶりに、蓮は電話したことを後悔しだした。
『今、日本にいる。M響との共演もあるから、しばらくはこちらにいる予定だ』
『そう…ってM響?ええっ、もしかして日野さんと?わぁっ、見たい見たい見たいっっ!絶対僕の分のチケット取ってねっっ?ううん、ここは自分の力でも頑張ってみるけど』
『…』
蓮は電話を耳に遠ざけながら、ため息をついた。やはり電話をしたのは失敗だったようだ。
『…っと…でも音楽のほうはともかく、日野さんと一緒って…大丈夫なの?』
しばらくして、ようやく落ち着いた加地に、蓮は電話した理由を話したのだった。

「…と、いう感じで加地のペースにはまって…今日飲みながら話す事になったんだ」
「あははっ、相変わらずなんだね、二人のノリ」
香穂子は可笑しそうに笑いながら言った。
「…笑い事ではないんだがな」
蓮は豪快にため息をつきながら言った。
「ふふっ、加地くんに気に入られたら最後、だものね」
似たような被害を受けた事のある香穂子が同情するように言った。
「でも…月森くんから積極的に加地くんに連絡入れるなんて珍しいよね?」
「…そうか?」
蓮はごまかすように反応した。
「…少し聞いてみたい事があって…、でなければこんなリスクを伴う事はしない」
「あははっ」
最後はおどけるように言ったため、香穂子はそれ以上は言及してこなかったのだった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ