長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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「…全く、あれは反省していないな」
香穂子を庇うように、蓮は香穂子を抱きしめながら呟いた。
「…私もぼうっとしてたから…」
少し落ち着いた様子の香穂子が、ほっと息をつきながら言った。
「大丈夫か?」
「うん、月森くんが庇ってくれたから…ありが…」
香穂子は見上げながら、礼を言おうとした。
が、先程の電車の中よりも至近距離にある蓮の顔に気付き、息を呑んでしまった。
…あと少し、彼が首を傾けたら…キスできる?
そんな距離に、香穂子の心臓は高鳴った。
蓮もまた、そんな距離に香穂子の顔がある事に気付き、ドキンとした。
先程よりも密着し、抱きしめるような形になり、香穂子の柔らかい体を更に感じる。
…離したくない。
このまま彼女を何処かに連れ去りたい。
この温もりをずっと感じていたい。
…そんな衝動にかられた時だった。
「…ここ、公衆の面前だって分かってやってる?」
「「…え?」」
二人はすぐ横から聞こえた、そんな呆れた声に我にかえった。
慌てて声の主を確認すると、二人を呆れたように見つめている加地が立っていたのだ。
「あ、あのっ…」
「いや、二人がバカップルな事するのは構わないけど、さっきから道行く人が好奇心バリバリの表情で二人を見ているのに気付かないのも可哀相かなって…みなさんが」
加地の言葉に二人ははっとして回りを確認する。
すると、道行く人達が二人をジロジロと見ているのだ。
「ごっ、ごめんなさいっっ」
「…いや…」
香穂子は慌てて蓮から離れた。
蓮も思わず香穂子から手を離したが…、離れていく温もりに、少しだけ淋しさを感じた。
「お、お久しぶり、加地くん」
そんな複雑な思いの蓮の隣で、香穂子は加地に話し掛けていた。
「久しぶり。日野さんも変わらないね。相変わらずかわいい」
「…それなりの年齢の女性に、かわいいはないんじゃない?」
香穂子は加地を軽く睨んだが、加地は笑みを深くするだけだった。
「いやいや、それなりの年齢のかわいさってあるでしょ?そういう所は高校の時から変わらない、日野さんの美点だよ。ね、月森?」
「…え?」
二人の会話をぼんやりと聞いていた蓮は、いきなり話題をふられ、面食らった。
「日野さんはいつもいい意味でかわいいって、月森も思わない?」
「あ、ああ…そうだな」
加地の意見を再度確かめると、蓮はふわりと微笑みながら答えた。
「そうだな。…君はそう言った意味では変わらないな。…少し落ち着きがないところも」
「あはははっ」
素直に頷くのも少し照れ臭くて、蓮が珍しくからかうように言うと、香穂子は頬を膨らませながら、蓮を軽く睨んだ。
「もうっ、月森くんまでそんな事言うんだからっ」
「俺は…本当の気持ちを言っただけだ。さっきのあれも、そんな君だから招いた事だろう?」
わざとらしく大袈裟にため息をつくと、香穂子の頬は更に膨らんだ。
「もうっ、月森くんの意地悪っっ!笑った加地くんも、覚えてらっしゃい?」
香穂子は二人を睨んだ。
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