長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
113ページ/260ページ

「確かに日野さんは怪我をした。ええと…2、3年前?確か…その怪我した後から、格段に君の話題がなくなったから、君達の関係が微妙になった頃だよ」
「それは…」
蓮は眉を寄せながら考えこんだ。
その前に何かしらアクシデントがあったら、自分に話す…はずだ。
否…彼女なら、自分に心配をかけまいと話すはず。
そう思っていると、加地は苦笑しながら話を続けた。
「なんで僕が君達の関係が微妙になった頃って言うとね、日野さんの話から、そのあたりが微妙に分かったからなんだ」
「…それは…?」
「まあ、順を追って説明するとね、怪我をする前に…日野さん、留学したんだけど…」
「留学?」
「あ、あれ?これも…知らない?大学に入って少ししたあと、師事する先生の影響で、留学することにしたんだ。…まあ、数ヶ月っていう短期間だけど」
「…場所は?」
「えーと、確かザルツブルクだったかな?モーツァルトがどうのって言ってたから、そうだよ、うん。…って本当に知らなかった?」
「…ああ」
ウィーンから少し離れているが、同じオーストリア国内に香穂子はいたことになる。なら、何故彼女はその事を自分に話さなかったのだろうか?
「それで…?」
「うん、まあ留学してた間の話は何があったかは僕も知らないんだけど…、その時に、軽度の腱鞘炎になったんだって。理由は練習のやり過ぎ」
「練習のやり過ぎ…?どうしてそんな事を?」
「それは知らない。日野さんに聞いても、そこはいつも濁されちゃうから。…で、その時親身になってくれたのが、河野さんなんだけど…」
「…彼…が?」
「うん、留学先で知り合いの紹介で初めて会ったって言ってた。で、怪我の事を相談したり、日野さんの才能に惚れ込んで、自分のいるM響に引き込んだんだってさ。…僕が知っているのはそんなとこ」
「…」
次々と出される事実に、蓮はただ目を丸くするだけだった。
「僕にしてみれば、月森が日野さんの留学を知らなかったって当たりがびっくりだよ」
「いや…全く知らなかった」
「うーん、おかしいんだよね、それが。だって留学直前に、日野さんはあっちで月森と会えるのが楽しみだって言っていたからさ。てっきり僕はあっちで決定的な喧嘩でもして、ちぐはぐになったのかなって思ってた」
「…喧嘩もなにも、会ってすらいないのに、どうやったら喧嘩できるのか、こちらが聞きたい」
「…だよねえ」
加地はふうっと息をついた。
「月森の浮気現場を見ちゃったとかなら、まだ分からないでもないけど…」
「…は?何故俺が浮気しなきゃいけない?」
今も昔も…自分の心を占めるのは、香穂子だけなのだ。
そんな状態で浮気なんて出来る訳はない。
「うん、その辺りは僕も全くないって思っているさ。そういう器用さがあれば、留学するときに、一悶着しなかったろうし」
「…」
蓮が留学するとき、香穂子にそれを言いづらい事があり、報告が遅れて喧嘩した時があったのだ。
…あの時も加地達に助けられたような気がする。
蓮は複雑な思いで酒を飲んだ。
「ま、どっちにしても、これ以上は日野さん本人に話を聞いたほうがいいと思うよ」
加地はそう言うと、カクテルを追加オーダーしたのだった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ