長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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「なっ、だからなんでクソアニキを…」
真っ赤になってなって否定する響也に香穂子もかなでもカラカラと笑った。
「私も心配だけど、律くんが何を考えているかって知りたいんでしょ?」
「ふふっ、そっかそっか、お兄ちゃん大好きなんだ」
「ちっ、違ーう!」
二人にからかわれ。響也は真っ赤になった。

飲み物を買い、大地達の様子も気になった律がそこに行くと、かなでの笑い声が聞こえてきた。
練習室のドアに嵌めてあるガラスごしに中を見ると、何かムキになっている響也と、それを見て笑うかなでがいた。
「…」
律は複雑な気分で、その様子を眺めた。
律は小さい頃から、かなでの屈託のない笑顔が好きだった。
…かなでにはいつまでも笑っていて欲しい。
そう思っていたはずなのに、最近自分の前で、彼女は笑わなくなってしまった。
…自分は部長で、かなでを指導する立場だから、つい厳しい態度をとってしまう。
そう…それが自分のやるべき事だからだ。
そう思っていても、自分に見せない笑顔を、響也には見せているというのは…少しだけ不愉快だった。
自分にも、あんなふうに笑って欲しい。
…あの笑顔を自分だけに見せて欲しい。
「…何を馬鹿な事を考えているんだ、俺は」
律はぶつぶつとそんな事をつぶやきながら、大地達の所に行くのを止めて、近くの空いている練習室に入った。
そして、ヴァイオリンを取り出し、弾きはじめた。
医者からは、軽くならリハビリがてらいいと言われているから大丈夫だろう。
気を紛らわす為に軽く弾くつもりだったが、先程の光景を思い出し、集中できない。
「…」
こんな事、ヴァイオリンを始めてからは初めてだった。
怪我をした時も、…田舎でかなで達と別れた時も、胸は痛くなったが、このヴァイオリンの音色を聴いてさえいれば、その気持ちは薄らいだ。
…なのに、今は…。
律はそんな嫌な気持ちを払拭するように、弾く事に集中しようとした。
…だが。

パンパン。

手を叩く音にはっとなり、演奏する手を止めた。
慌ててその音のほうを確認すると、そこには香穂子と大地が立っていた。
…手を叩いたのは香穂子のほうで、叩いていた手を腰にあてながら、呆れたように言った。
「まだ、そこまでやっちゃいけないんじゃないの?」
「まったく、なかなかこっちに来ないから心配して探していたら、練習の虫も、今は抑えとけって言って言っただろうが」
二人から呆れたように言われ、はっとした。
「…そんなに俺は夢中になっていたか?」
「ああ」
大地は少し呆れたようにため息をついた。
「こっちの気配に気付かないくらいにね」
「そんなつもりは…」
「…演奏に集中できなくて、他の事を忘れようとして無茶をした、っていうんじゃないの?」
「…え?」
香穂子の指摘に、律は目を丸くした。
…確かに今の気持ちはそうかもしれない。
「…何となくそう思ったんだけど…図星、みたいね」
動揺する律の顔を見て、香穂子は苦笑したのだった。
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