長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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アンサンブルで全国制覇する。
それは律の悲願だった。
今、かなでや響也、ハルが入った事で、それが夢でなく、現実的な目標とする事が出来るようになった。
だから、この機会を逃したくない。
そう、これが三年である律のラストチャンスでもあるから。
その為には、…かなでに頑張ってもらうしかないのだ。
「…今は、小日向には大会に集中してもらいたい。部の為には…小日向が1stとしてしっかりして貰うのを最優先にしなきゃいけないんだ」
「律…」
大地はそんな親友の決意に、何も言う事ができなかった。
「それに…俺が好きだと言えば、小日向を困らせてしまう」
「…え?」
「あいつは…昔から響也が好きなんだと思うし」
「…は?」
大地は思わずコケそうになった。
…どこをどう見たらそうなるんだろう?
そうツッコんでやろうかと思ったが、それより前に、律が少し苦しそうな表情をしながら言った。
「昔から…あいつは響也の前ではよく笑っていた。…俺には何故かいつも緊張した表情しか見せなかったのにな」
「なるほど、ねえ」
律の言葉に大地はクスクスと笑ってしまった。
…こいつにそんな子供じみたヤキモチな部分があったとは、流石に知らなかった。
そんな事を思いつつ、大地は律に言った。
「つまりは響也に嫉妬してたのか。かわいいひなちゃんの笑顔を独占しているのが嫌だったんだろ?」
「…」
大地の指摘が図星だったらしく、律は思わず顔を背けた。…その横顔を観察すると、僅かに赤らんでいるので、そんな抵抗も無駄だったのだが。
「まったく…そこまで見ておいて、肝心の所は見ていないんだな」
大地は少しだけ呆れたように言った。
「…え?」
「いや、気付いていないならいいんだけど…というか人に指摘されるよりは自分で気付いたほうがいいからな」
勿論、こういうのは他人から言うよりも、ちゃんと自分で気付かないといけない気がする、というのもあるが、…はっきり言ってそんな事馬鹿馬鹿しくて口に出したくもない。
…かなでがいつも誰を見て、あんなに切なげな表情を見せているのか。
そして、律の前でしか見せないような表情もある事を。
かなでが律に向ける表情に、視線に、律と一緒にいることの多い大地はいつも気付いていた。
それは…かなでに恋…まではしていない大地もどきっとする事がある位なのだ。
…そんなかなでの表情を引き出すのは、すべて律のせいであり、律の為。
それは大地も少しヤキモチやく位。
かなでに特別な感情はないが、あんな顔をされれば、男ならドキッとしてしまう。一瞬、自分にもその微笑みを見せて欲しいと思ってしまうほど。
それに、一人の大切な女の子が、自分の言葉一つ、仕種一つに大好きと言わんばかりの微笑みを見せる。
それを律が出来る事にも。
…だが、肝心の律が全く気付いていない。
だから、少し悔しい気持ちもあって、絶対言ってやらない。
「ま、とりあえずアンサンブルに影響がないようにだけはしてくれよな」
大地はそう言って、律の肩をぽん、と叩いたのだった。
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