長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
131ページ/260ページ

(5)Side律×かなで

香穂子達に励まされ、少し気分が上昇したかなでは、翌日の練習で指摘部分をもう一度さらうことにした。
幸い音楽室には、まだ誰もいない。
かなでは支度を終えると、早速弾いてみた。
すると…昨日までが嘘のように、不安要素の部分が消えていた。
「うそっ」
かなでは自分の出来に目を丸くした。
今まで何度も何度も繰り返しやっても出来なかったところなのだ。
こんなにいきなり弾けるようになるなんて、思いもよらなかった。
と、その時、入り口から急に拍手の音が聞こえた。
「よく出来ていたな」
そこには驚いた顔の響也とハルと一緒に、満足げに微笑む律がいたのだ。
「…出来るようになったな」
「え?」
「あそこまで弾きこんでいれば、そうやって不意に克服出来る事がある。脳内のシナプスの働きで…」
「…って、律くん、これを見越して、あんな練習を私にさせていたの?」
得々と脳の説明をしようとする律の言葉を制するように、かなでは尋ねた。
すると、律は話の腰を折られたにもかかわらず、満足げに微笑みながら頷いた。
「ああ。…だが、お前が頑張った結果だからな。俺が何した訳ではない」
「ううん、それでも嬉しい。…律くんが私を信用してくれたから、こうやって出来るようになったんだもん」
かなでは嬉しそうに微笑みながら言った。
結果も、そしてかなでが結果が出るまで頑張れるかも不透明ななか、律はかなでを信じて、こんな事をやっていたのだ。
「本当にありがとう、律くん」
「いや…、お前こそよく頑張ったな」
そう言い合いながら、微笑み合う二人を見て、やれやれ、とハルは思った。
…何となく二人はお互いを好きなのかな、とは思っていた。
だが、ここまであからさまになってくると、少し目のやり場に困るというものだ。
…想いあって、それで結果を出せるなら、ハルもキリキリ言わない。…これが大地だったら、『きっちりしてくださいね』という小言一つも言いたくなるが。
その辺り、ハルの中の信頼感は律は絶大なのだ。
だけど…もしかしたら、ちゃんと自重してくださいと言わないといけないだろうか。
まだ想いを告げあっていない段階でこれなのだから、と思っていると。
…隣の響也の不機嫌な顔に驚いた。
「…響也先輩?」
ハルが声を掛けると、響也ははっとした表情になった。
「な、なんだよ?」
「いえ…不機嫌そうな顔をしていたんで、どうしたのかと思って」
「…」
ハルの指摘で、感情が顔に出ていた事に気づいた響也は、バツが悪そうに顔を背けてしまった。
「…ま、響也先輩が不機嫌なのはいつもの事でしたね」
「なっ、そんな事ねーだろっ?」
響也の気まずい雰囲気に気付いたハルは、わざと響也を煽るような事を言ってみせた。
そうしないと、いけない気がしたのだ。
案の定、響也はハルの憎まれ口に反応し、いつもの調子に戻った。
そして、それを確認し、ほっとしたハルは…そんな響也を置いて、かなで達のもとに向かったのだった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ