長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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(7)All Cast

あの週刊誌を見てしまった日から、香穂子は熱を出して倒れてしまった。
…理由は、知恵熱。
自分でも思わず笑ってしまったが、…結局準決勝の前日まで下がらることはなかった。
それだけ色々とありすぎて、そして…感情の起伏や…考えることが山ほどあった、という事だ。
後輩の事は…申し訳ないと思いながら土浦に頼み、香穂子は体と…心を休めた。
そして…楽団のほうも、河野を避けるように休んでしまった事を申し訳なく思いつつも、何となく顔を合わせなくて済むこと…ほっとしていた。
だが、ずっとそうしている訳にはいかない。
香穂子は自分の心が見えないまま、準決勝当日の朝を迎えた。
そして、重い足どりで会場に向かう。
今日は後輩の応援を理由に、かつての仲間も来ているはずで。
その中には勿論、蓮もいるはずだ。
…一緒にかなで達を教えていたのだから、誰よりも応援に来るだろう。
そして…審査員の河野も。
…返事は慌てないと言っているが、これからの仕事の為にも、その言葉に甘えていられない。
そう思いながら、香穂子は控室に向かった。
ドアをノックすると、はい、と可愛らしい声が聞こえてきた。
それは、勿論かなでのもので、控室のドアを開けると、香穂子を見ながら、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「日野さん、もう体の具合は大丈夫なんですか?」
「うん。…あ、ごめんね、心配かけて。それに…最後のほうは練習を見てあげられなくて」
「いいえ。夏風邪は拗らすと大変ですから…」
「あははっ。もう普段は風邪なんてひかないのに、ねぇ」
香穂子は笑ってごまかした。
さすがに知恵熱とは言えなかったのだろう。
ごまかしてくれた土浦に感謝しつつ、心配していた事を尋ねた。
「そういえば…響也くん、大丈夫?」
スランプはそう簡単に治せるものではない。
香穂子もそこそこ長くなってきたヴァイオリン歴の中で、大なり小なり同じような時期があった。
だからこそ、その様子が心配だったのだが、かなでは迷いながらも、前向きな答えを言ってくれた。
「…完全復帰…とまではいかないみたいですけど、一時の凹み具合からは脱出できたみたいです」
「そっか、それはよかった」
香穂子がそれを聞いてほっとしていると、かなでは何かを思い出したようにクスクスと笑い出した。
「?どうかしたの?」
香穂子が尋ねると、かなでは苦笑しながら、その理由を答えてくれた。
「あの…日野さんがお休みされている間、土浦さんと月森さんが練習を見てくださっていたんですが…」
「…え?」
「時々、私達の練習を聞いて、そ…音楽の方向性の違いからか、私達そっちのけの熱い議論というか…喧嘩を始めちゃったんですよ」
「…まったくもう、ごめんね、迷惑だったでしょ?」
相変わらずの二人の行動に、香穂子は思わず頭を下げてしまった。
「いえ…確かに仲裁にはいってらした冬海さんが大変そうでしたが…響也はそれを見て、いい気分展開転換になったみたいで。素晴らしい音楽家でも、こういうところがあるんだって」
「…」
香穂子はかなでの話を複雑な気分で聞いたのだった。
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