長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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「でも、そんな事でもいいきっかけになってくれればいいわね」
「そうですね。でも…響也なら大丈夫だと思ってますから」
かなではきっぱりと言った。
「天才肌で、練習がちょっとおろそかになっても、本番ではなんとかしてきたんです、いつも。だから…今回もきっと大丈夫です」
「…響也くんの事、信じてるんだね」
「はいっ、響也が私や律くんの期待を裏切った事はないですから」
かなでが満面の笑顔を見せながらそんな事を言うと、タイミングよく楽屋のドアが開いた。
「…ったく、デカい声でそんな事言うなよな?外まで聞こえてきたぞ?」
照れ臭かったのか、ほんのり顔を赤らめながら響也が入ってきた。
「あら、本当の事でしょ?」
「うっうるせーなっ!ったく、お前は俺の心配より自分の心配しろっての!」
響也は照れを隠すようにかなでの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。
「…本当に素直じゃないんだから」
響也と一緒に控室に入ってきたハルが呆れたように呟いた。
と、その小さな言葉を素早くキャッチした響也がずんずんとハルに近づき、頬っぺたをむんずと掴んだのだ。
「…クソ生意気な口を開くのはこの口かぁ?」
「い…いひゃいっ!らにするんれすかっ!」
「響也!…もうやめなさいってばっ」
かなでは二人の間に割って入っていった。
そんな響也の様子に、香穂子はほっと一安心した。
…一時はどうなるか、と思ったけれど、これならなんとか大丈夫だろう。
と、その時、香穂子はメンバーが足りない事に気付き、かなでに尋ねた。
「如月くんと榊くんは?」
「朝いちで病院に行ってくるって言ってました。…今日はこの前うけた検査の結果が出るらしくて…」
かなでが少し不安げに言うと、香穂子は軽く眉を寄せた。
検査とは、律の腕の事だろう。
準決勝には間に合わなかったが、…これを勝ち進んで、決勝の舞台に立ちたいだろう。
そう思っていると、タイミングよく再びドアが開き、二人が入ってきた。
「お待たせ」
「…なんだ、まだ支度していないのか?」
「…まだ時間が早いだろうが。それよりどうだったんだよ?」
響也は心配そうに律にたずねた。
普段は喧嘩ばかりであっても、そこは兄弟なのだろう。誰よりも早く検査結果が知りたかったようだ。
かなでもハルも緊張した面持ちで、律の答えを待つ。
すると、律は表情を少し緩めながら言った。
「医者のOKを貰った。…あまり無理をするな、という条件だがな」
「そうか!やったぁ!」
三人は顔を見合わせて喜んだ。
「律は無理が出来ないから、決勝は2ndとして出る事になる。だから…ひなちゃんが引き続き1stって事だ」
「はい」
大変な役割だが、律と再び演奏できる喜びには変えがたい。
かなでは満面の笑みを浮かべながら律を見た。
律もまたかなでを見ていて、その視線が合った。
そして、律はそのままふわりと微笑んだのだった。
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