長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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香穂子は更に混乱した。
逃げる自分を追いかけてくるなんて思いも寄らなかった。
そして、捕まれた腕は…走った事で上がった体温だけでない熱さを感じる。
その熱が香穂子の体を駆け巡り、浸透する。
その甘やかな感覚に、香穂子の体は震えた。
だけど…それを香穂子はめいいっぱいの力を込めて拒絶した。
…それは、今の香穂子は受け止めてはいけないものだから。
「やだっ、離してよっ、貴方には関係ないでしょっ!離してっ」
そう何度も拒絶してみせた。
…そうすれば嫌われてくれるかもしれない。
そう思っていたのに。
何故か捕まれた腕の力が更に強くなったのだ。
「痛いっ、なにをっ…」
香穂子が抗議しようとようやく顔を蓮に向けると…。
腕をぐいっと引っ張られたのだ。
「きゃっ」
そして、香穂子の体はバランスを崩して…蓮の腕の中にすっぽりと納まるように抱き留められ…、気付くと強く抱きしめられていたのだった。
「やっ、はなっ…」
香穂子は慌ててその腕の中から抜け出そうした。だが…出来ない。
「嫌だ」
そう言って、蓮は香穂子を抱きしめる力を更に強めた。
「ここで君を離したら、君はまたどこかに行ってしまうだろう…。…もうそんな事は嫌だ。…離したくない」
「…」
香穂子は蓮の言葉に、抵抗できなかった。
…いや、蓮に抱きしめられた時から抵抗する事はもう出来なくなっていたのだ。
本当に嫌なら、蓮の腕を払えばいい。噛み付くなり足を踏むなり、蓮の力を緩ませるような事をして、離れればいい。…本気で抵抗すれば、それで終わり…なのに。
香穂子の体がそれを拒否した。
…さっき自覚したんでしょう?貴女はこの腕の中に戻りたいって。
香穂子の中の誰かがそう囁いた。
…そうよ、私はこの腕の中に戻りたかったの。…彼に強く抱きしめられたかったの。
香穂子がそう認めた時、涙が溢れてきた。
それは、こうして彼に抱きしめられている喜びからなのか、今日起きたあまりにも怒涛の出来事に混乱してしまったからなのか、自分には分からなかった。
ただ、今はこうして優しい彼の腕の中で泣いていたかった。
「…ふっ…く……ひっ…く……」
香穂子は子供のように泣きじゃくった。
「…」
そんな香穂子を、蓮はただ優しく抱きしめてくれた。
そんな優しさに今は甘えていたくて、香穂子はしばらくのあいだ、そのまま蓮の腕の中で泣いていたのだった。

……一体何があったのか。
蓮は香穂子の背中を優しく撫でながら思った。
だけど…今しなければいけないのは、この腕の中の温もりを離さないという事で。
香穂子が落ち着きを戻すまで、二人はずっとそうしていたのだった。
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