長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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4.長い冬の後に君と

(1)Side蓮×香穂子

「…」
「…」
二人静かに抱き合ったまま、しばらくそうしていたが。
「…ごめんなさい」
香穂子がぽつりとそう言って、体に力を込めた。
「…もう無理矢理逃げようとか思わないから…だから…」
「…分かった」
蓮はそう言うと、そっと体を離した。
離れていく温もりに淋しさや悲しさを感じずにはいられなかったが、それを堪えるように静かに微笑んだ。
そして、香穂子の涙をそっと指で拭いながら尋ねた。
「…一体どうしたんだ、と聞いてもいいか?」
「…」
香穂子はそな問い掛けに戸惑った。
「ああ、すまない、プライベートな事を立ち入ったりして」
香穂子の困った様子に、蓮は申し訳なさそうに言った。
「あ、…ううん、そうじゃないの…月森くんに言えないって訳じゃなくて…」
香穂子は困ったように眉を寄せながら言った。
「…ごめんなさい、色々ありすぎて…頭が混乱してるかも」
「…そうか」
「あの…」
もう少し落ち着いたら…と香穂子が尋ねようとした時、蓮の携帯が鳴った。
蓮は慌てて携帯を確認し、申し訳なさそうに言った。
「土浦からだ。すまない」
「あ、うん…て、土浦くん?」
「さっき俺と一緒にいただろう?…もしもし?…ああすまない、…」
香穂子は携帯で土浦と話す蓮を見て目を丸くした。
さっき…蓮とぶつかった時だろうか?そういえば誰かと一緒にいたような気が…しないでもない。
とにかくパニックで蓮にぶつかってしまった事だけしか覚えていないのだ。
「…え?いや…それは…」
そんな事を考えていると、蓮の戸惑ったような、そんな声が聞こえてきた。
「?月森くん?」
自分を見て困ったような表情を見せる蓮に、香穂子は尋ねた。
「…今、加地のマンションで土浦と飲んでいるんだが、それに君も来ないか?…と言っているんだが…」
「…えっ?……ごめんなさい…」
香穂子は申し訳ないと思ったが、その誘いを断った。…今は一人で色々考えたいのだ。
「…分かった」
蓮はそう頷くと、やさしく微笑んでみせた。
それは…香穂子の気持ちが分かると言っているようで、香穂子はほっと息をついた。だが。
「…ああ、今日は帰るからって…ああ、俺は彼女を送ってから戻るから」
蓮がそう言って電話を切ったので、驚いて顔を上げてしまった。
「いっ、いいよ。一人で帰れるから…」
せっかく仲間と楽しい時間を過ごしているのに、自分のせいで邪魔させたくない。
そう思っていると、蓮はいや、と首を横に振った。
「この辺りは人通りが少ないし…お祭り騒ぎにじょうじておかしな連中がいるかもしれない。そんな中を、君一人で帰せる訳ないだろう?」
「でも…、そうっ、タクシー使うからっ」
香穂子は蓮の気遣いに申し訳なく思いながら言った。
迷惑をかけたうえに、酷い事を言った相手を、そこまで気にする必要はないとおもったのだ。
だが。
「じゃあ、君がちゃんとタクシーに乗るまではせめて一緒にいさせてくれないか?」
蓮は強い眼差しで香穂子を見つめながら言った。
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