長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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「…」
「…」
二人は無言のまま、タクシーの通りそうな大通りに向かった。
何となく会話がなくて、黙ってしまったが、この静かな空間が、香穂子にはほっとでした。
それに…蓮とこうして歩いていると、…昔に戻った気分だった。
お互いの気持ちに薄々気づいていても、何も言えなくて、少し重くて居心地悪い…ようででもずっとこうしていたい。そんなもどかしくも優しい空気が二人を包んでいた。
…本当はこんな事してはいけないんだろうけれど。
香穂子はそっと蓮の様子を伺った。
どんな理由を言い繕っても、彼をたくさん傷つけてしまった。それは…河野に対しても、だが。
自分がいつもふらつき、自力で立てない事で、いつも誰かを傷つけいる。
だから…本当は彼に甘えていてはいけないのかもしれない。
だけど…少しだけでいい。今だけはこの優しい空間に甘えていたい。
「…どうかしたか?」
香穂子からの視線を感じて、蓮が振り向く。
「あ、…えーと、ね」
香穂子は言葉に詰まりながらも、今考えている事を言うのが照れ臭くて、ごまかすようにわずかに視線をそらした。
そして、話もどう逸らすか、と考えていた時、先程の蓮の電話を思い出した。
「さ、さっき土浦くんと一緒にいたって言ってたでしょ?珍しいなぁって…」
「え?…ああ、加地の家で花火を見ながら、懐かしい話でもしないかって…、加地の提案で…」
「ふうん、でも珍しいわね」
「そう…だろうか?」
「そうよ。だって月森くんと土浦くんて…かなでちゃんから聞いたわよ?私のピンチヒッターで来た土浦くんと彼女達そっちのけでバトルしてたって」
「バト…、いや、そんな事は…」
「まあ、それが如月くん達には新鮮でいい刺激になったみたいだけど…相変わらずなんだなって…」
香穂子がそう言ってクスクスと笑うと、蓮は苦虫をかみつぶしたような複雑な表情を見せた。
「だから…ちょっと珍しいかなって思ったの…」
「いや…まあ、…確かに…」
ずっとおかしそうに笑いつづける香穂子に蓮はこほん、と一つ咳ばらいをしてみせた。
そして、…それより、と話題を変えた。
「加地から…天羽さんが調べてきてくれたというものを見せて貰ったよ」
「…え?」
「君も…見てくれたんだろう?あの記事…」
「…うん。でも、…なんで?」
「天羽さんが加地に預けたらしいんだ、…俺に確認して欲しいって」
「なるほど…」
香穂子は少しだけ納得した。それなら蓮があれを見たのも分かる。
「…流石天羽さんだね、よく調べてあった」
蓮はそう言うと、ぴたりと歩くのを止めた。
そして、目の前の車の通りを確認しながら、話を続けた。
「…その事で君とゆっくりと話をしたい。…今日は君も…その…興奮しているみたいだし、落ち着いてからでいい。近いうちに…」
香穂子はその言葉に対して、返事を迷った。
と、その時、タイミングよく空車のタクシーがやってきて、蓮がそれを止めた。
そして、香穂子をそれに乗せながら言った。
「…近いうちに連絡するから」
と。
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