長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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序章.別れ

〜Side蓮&香穂子


―――八年前…。

香穂子は成田空港にいた。
それは、留学する恋人を見送りに。
「それじゃあ、元気で」
「…月森くんも…体に気をつけてね…」
それが精一杯だった。
これ以上言葉にすると、涙が出てきそうだ。
でも、こんな場面で泣いてしまうのは、蓮を困らせるだけだ。
香穂子はそう思い、ぐっとこらえた。
だけど、香穂子のそんな様子を蓮が気づかないはずはない。
「…香穂子?」
蓮は名前を呼びながら、そっと抱き寄せた。
「もうっ、泣かないって決めたのに…、月森くんの馬鹿っ」
その腕の温もりに、香穂子の涙の堰はあっけなく崩壊してしまった。
「…すまない」
香穂子が零す涙を蓮はそっと拭いた。
数ヶ月前からこの日が来るのは分かっていた。
永遠の別れではない。
二人とも音楽の道を進む訳だし、その進み方が違うだけで、行き着く先は同じはず。
それまでのお別れ、というだけなのだ。
そう頭では理解していたし、覚悟をしていたのに。
…最後の最後で、気持ちが折れてしまった。
香穂子は引き止めたいと思った。
…もう少し二人で同じ道を歩きたい、と。
蓮も留まりたいと考えた。
…香穂子の涙がそれで止まるなら、と。
だけど、それは無理な話だ。
そんな甘い事を考えていては、この先二人がダメになる。
たとえ今が辛くても、このまま二人がそれぞれの道を歩む事が、この先にある未来をぐっと縮めてくれるはず。
香穂子は涙を拭いてくれた蓮の手をそっと握り、自分の頬に当てた。
少しひんやりとした、でも繊細で優しいその蓮の温もりを体に覚えさせるように。
「…ごめんなさい、もう大丈夫」
「…そうか」
香穂子は蓮の手を、ほんの少しだけ名残惜しそうに離すと、先程の涙を忘れさせるように、とびきりの笑顔を見せた。
これからしばらく会えないのに、泣いた顔を最後にしたくなかった。
「今度こそ本当に、いってらっしゃい」
蓮はその香穂子の笑顔を胸に焼き付けると、いつものように優しい微笑みを見せながら言った。
「…いってきます」
「体、気をつけてね」
「君も」
「頑張るのはいいけど、無理しないでね」
「ああ」
「時々でいいから、連絡をちょうだいね?」
「わかった」
最後のお願いは、厳しいかな?とも思った。
物見遊山で行く訳ではないし、彼の性格からして、恋人にまめに連絡をとる、という事は期待できない。
だけど「わかった」と香穂子に微笑みかけてくれただけで嬉しかったから、それで充分だった。
そして、蓮が見えなくなるまで、香穂子はずっと手を降り続けたのだった。
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