長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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「明日か明後日、空いていないか?」
「え?」
「…以前頼んでいたと思うが…、俺の知り合いの横浜観光、…それを君に頼みたくて…いきなりですまないが」
「…」
香穂子は迷った。
以前快諾した事だし、断るのは申し訳ないと思いながらも、…揺れる今の気持ちで、頷くのも気がひけた。
とはいえ、蓮の困っている様子に、ノーとは言いづらい。
「…明日はちょっと用事があるから、明後日なら…」
香穂子は迷いに迷って、そう答えた。
蓮は香穂子の答えにほっと息をついた。
「本当にすまない、そして、ありがとう」
「…ううん。前に約束していた事だし、それに…」
香穂子はちらりと蓮を見た。
…今、私がしなくちゃいけないのは、積み上げてしまっている問題を一つ一つ片付けていくこと。
その先にきっと、二人の行き着く先が見えてくると思う。
「それに?」
「あっ、ううん、なんでもない」
香穂子は不思議そうに自分を見る蓮をごまかすように、慌てて首を横に振った。
「それより…その話だったら、夜にでも連絡をくれたら良かったのに」
昨日の話の続きは、香穂子がもう少し落ち着いたら、というスタンスなら、電話だけで済む話だ。
…昨日の様子から、香穂子の事を心配して会いたかったのかもしれないが。
「ああ…君の様子が心配だったからというのもあるが…」
蓮は香穂子の考えを肯定しながら、持っていた鞄から書類を取り出した。
「特別講師、何をするのかの概要をそろそろ纏めて、理事長に出さないといけなかったから」
「げっ!」
香穂子は蓮の話に、ようやくその事を思い出したように、青くなった。
「…もしかして…忘れていたのか?」
「だ、だって最近いろいろあって…」
香穂子は必死になって言い訳めいた事を言った。
「…まったく君は…」
「あ、何でそこで呆れるかなぁ。月森くんだって気づいていたら教えてくれたっていいじゃないっ」
「そ、それは…」
…つい、昨日までそんな話が出来る雰囲気がなかったはずだが?
蓮はそうツッコミをいれたかったが…あまりにも不毛だった為止めた。
「ああん、もうっ大体構想は出来ているから、後は纏めるだけなのっ!…って理事長に言っておいてっ!じゃあねっ」
「え?あ、ああ」
香穂子は急いで家に帰って纏める事にしたらしく、慌てて駆け出した。
「あ、詳しい時間が分かったら、夜にでも連絡ちょうだい?」
「…分かった」
途中、観光の待ち合わせ場所や時間を聞いていなかった事に気づいたのか、くるりと振り返り、そんな事を言った。
そして、蓮が頷くのを確認すると、再び走り出した。
「…」
そんな香穂子を蓮は呆然と見送り、それからクスクスと笑い出した。
…僅かの時だが、昔の二人に戻った気分だ。
そして…そんな時間がこれから続いて欲しいと考えながら、蓮は理事長室に向かったのだった。
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