長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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もう少し…甘くても良くないかしら?
かなではがっくりしながら、持っていた楽譜を見せた。
「…この辺りなんてどうかなってピックアップしてみたんだけど…」
「…うん?…」
律はかなでから渡された楽譜を、一つ一つチェックした。だが、反応はいまひとつ。
「…悪くはないが…」
「やっぱり微妙?」
かなでが尋ねると、律は小さく頷いた。
「イマイチピンと来ないな」
「…だよねぇ」
かなはそう頷いて、小さくため息をついた。
自分で選んでみたが、やはり律と同じ気持ちだったのだ。
「なかなか見つからないよねぇ…管弦五重奏なんて…」
「…五重奏?」
かなでの言葉が意外だったのか、律は軽く目を見開いた。
「うん。…ファイナルなんだもん、最後の1曲はみんなで…って律くんもそう考えていたんじゃないの?」
「いや…そんな変則的なもの、そもそもあるのか?ヴァイオリン三人だぞ?」
「ここだったらあるかなぁって思ったんだけど…学内選抜の時に、大地先輩や響也と家捜しした時に面白い編成のをたくさん見つけた…から…」
かなではそんな話をしていた時、先程拾い損ねたらしい楽譜が、棚の隙間に落ちてしまっているのに気づいた。
「あ、拾い忘れたのかな?」
かなではそう言いながら、その楽譜を拾いあげた。
「?…色が変わって…る?」
薄いクリーム色…というより、僅かだが金色に輝いているように見えるそれをかなでが不思議そうに見ていると、律が何かを納得したように答えた。
「それ…確か先輩が残していったものだ」
「え?」
「…以前話した事があっただろう?この学院には音楽の妖精が棲んでいるらしいって」
「うん」
「本当かどうかは知らないが、先輩が言うには、それはその妖精がくれたものらしい。だから…そうやって鈍く金色に光っているんだって」
「…なるほど…」
かなでは頷きながら、その楽譜を確認した。
それは…エルガーの『威風堂々』の楽譜だったのだが、中を見て軽く驚いた。
「律くん、これっ、ヴァイオリン三人の五重奏の楽譜だよ?」
「…え?」
かなでが楽譜を律に見せながら言った。
「…本当だ」
「凄い凄い、本当にあった」
この膨大な楽譜の中で、見つけるのも苦労…というか、あるかどうかすら分からなかった編成の楽譜に、二人は驚いた。
「…これはいいな」
「だよねっ」
楽譜は上手く編成されていて、少し難しいが、今のかなで達なら弾きこなせないレベルではない。
「大地達が来たら、相談してみるか?」
「うんっ」
かなではそう頷いて…、律を見上げる。…と、至近距離にある律の顔に気がついた。
…なんだかこのまま少し顔を近づけたらキス出来る…かも。
…キス?
かなではその時になって、ようやく自分と律の距離が近くなっている事に気づいた。
背の低いかなでに合わせるように、律が体を屈めていたので、相当近くにいたのだ。
「…すまん」
律もその事に気づいたようで、少し慌てたように体を離した。
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