長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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「そうだが?」
蓮が不審げに頷くと、ニアはニッコリと笑いながら更に尋ねた。
「いまや世界を舞台に活躍している、わが学院が誇るOBが、なぜ今時期にここにいるのか…それを尋ねたいのだが?」
「…それを君に話す理由が俺にあるのか?」
蓮はジロリとニアを睨みながら言った。
昔からこういうプライベートを探られるような質問は苦手だった。
いや、苦手というか嫌いだったのだが、ニアという少女はそれを知らないのか、知っているのにわざとそこに触れないのか、ニコニコと笑いながら、それでも蓮にくいついてきた。
「まあ、報道部としては格好のネタになりそうなものに食いつかない訳にはいかない、というのが答えになるかな?」
…やはり報道部か。
蓮はため息をついた。
こうやって何事にもおくすることなくずけずけと人の領域に入ってこようとしている辺りは、昔から変わらない。
「ならば断る。俺には君の質問に答える義務はない」
蓮はきっぱりと言うと、ニアの後ろでオロオロする少女を一瞬見てから、歩き出した。
…あの少女には悪い事をしたかな。
あの二人の様子に、かつての彼女とその友人の影が被った。
『もう、天羽ちゃん、月森くん嫌がっているんだから、そのへんにしておいてあげなよ?』
『何言っているのさ?こういうチャンスは滅多にないんだからね?ささっ、月森くん、質問に答えてよ?』
親友の暴走に困り果てる彼女の表情も、彼女を好きな自分にとっては可愛く見えて、もう少し見たくなった、なんて言ったら、彼女は怒っただろうか…。
「…今はもう聞けないけれど」
蓮は自嘲するように笑いながら、今日の目的である理事長室に向かったのだった。


「忙しいところすまないね」
理事長に会って、一通りの挨拶を済ませると、理事長はそんな事を言った。
「いえ、構いません」
蓮は形式的にそう答えた。
…大人になったものだな。
昔ほど自分の感情を表に出さなくなったような気がして、蓮は心の中で苦笑した。
理事長もそれは分かっているようで、話をすぐに事務的なものに変えた。
「2学期から、音楽科のカリキュラムの一つに、外部…OBからの指導というものを取り入れる事になったのだよ」
「…はあ」
「そこで、だ僅かな時間で構わないから、君にもその力を貸して欲しいと思っている。どうだろうか?」
「それは…」
確かに高校生の頃から、一流のプロに指導してもらえる、というのは僅かな事でも彼らには有意義だろう。
それは、この学院の生徒だけでなく、これから入学を希望する生徒にもいい宣伝になるかもしれない。
最近同じ横浜に、少数精鋭を集めたような音楽系の学校が出来たというのを聞いている。
だからこそ、学生の取得に実績を売りたいという理事長の考えも理解できる。
だが、蓮は少し迷った。
そして、躊躇うように答えた。
「俺は…他人に対して何かを教える、というのが苦手ですが…」
忙しい以前に、この大切な部分が欠けているような気がするのだ。
だが、それ位では、理事長も引き下がる事はなく。
「何も技術的な指導でなくてもいい。そう…心構えとか、そういう話をしてくれるだけで。それに、日野くんも一緒だ」
「…え?」
理事長の口から出た名前に、蓮は目をまるくした。
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