長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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(3)Side蓮×香穂子

自分達と別れた後、かなで達にそんな騒動があったとは知らない香穂子は、楽団に向かった。
…蓮との間がこれからどうなるか分からない。
だけど、今香穂子が決着をつけなければいけない事がある。
…これを告げる事で、仕事の件もどうなるか分からないけれど、これからも騙し騙しし続ける訳にもいかない。
『君の音は君の気持ちを素直に著している』
高校生の頃、柚木に言われた事があった。
その事を土浦や志水達にも尋ねてみると、皆、同じ答えが返ってきた。
『まあ、それがお前の長所であり、短所でもあるよな』
土浦にからりと笑われながら言われたのには、反論の余地もなかったのだ。
そして…その癖ともいうべき事は、今も変わらない。
だから、…河野がタクトを振るオケで演奏するには、今の宙ぶらりんな状態では演奏に多大な影響が出る事は分かっていた。
「…こんにちは」
香穂子が楽団の事務所に顔を出すと、そこには事務の伊沢だけがいた。
「あ、日野さん風邪はもういいの?」
「…すいません、何日も休んでしまって」
そろそろ演奏会の準備も本格的になる今、コンミスの香穂子が何日も不在というのは、楽団としては痛手だろう。
だが、伊沢はそれよりも香穂子の体を案じるように尋ねた。
「いや、それは構わないよ。この時期みんな体力が落ちるし…。本当に大丈夫かい?」
「はい。…で、みんなは?」
今日はパート練習がある日で、すでにメンバーは来ているだろう。…河野も。
「ああ、大体のメンバーは来ているよ。河野は用があるとかってまだだけど」
「…そうですか」
伊沢から返ってきた言葉に、香穂子は半ば残念、半ばほっとしながら頷いた。
「確か今日からゲストの月森さんも本格参入だったね。今日は所用があって来るのが遅れるって連絡あったけど。じゃあ、頑張ってくれよ、コンミスさん」
「…はい」
香穂子は伊沢のその励ましにも、複雑な顔をしながら練習室に向かった。
昨日は何とか普通に接する事が出来たが、今日はどうだろうか?…いや、つい了解と答えてしまったが、明日はどうなるのか?
少し重くなる足を一生懸命動かしながら、香穂子が練習場に向かうと、既にヴァイオリンパートのメンバーが集まっていた。
そして、香穂子の顔を見ると、心配半分、興味半分で近寄ってきたのだ。
「体はもう大丈夫なの?」
「はい。…まだちょっと鼻が詰まってたりしますが、熱も下がりましたし…」
「そっか、それは良かった良かった…、で、そんな日野さんに聞きたいんだけど…」
「はい?」
「さっきから話題になってたんだけど、この前の花火大会の時、河野さんと一緒にいなかった?」
「…え?」
「声かけようかなって思ったけど、なんだか親密そうだったから、かけづらくって…で?河野さんと付き合ってるの?」
「…それは…」
香穂子言葉に詰まった。
どう答えればいいのか、と戸惑っていると、香穂子の背後から声が聞こえてきた。
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