長編・シリーズ

□長い冬の後に君と
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「確かに一緒にいたけど、そんな嬉しい理由じゃないんだ、これが」
香穂子はその声に慌てて振り向くと、そこには、河野が立っていた。
「え?」
「日野さんは知り合いと待ち合わせしていたところで、僕はそこに話し掛けただけ。そんな色めきだった理由はないんだよ」
「えー、そんな風には見えませんでしたけど?」
香穂子に話し掛けてきた仲間が不服そうに鼻を鳴らした。
…彼女が一体どのシーンを見かけたかは分からないが、恐らく相当親密そうに見えたのだろう。
「いや…日野さんには僕じゃない、他に好きな人がいるからね。その人に誤解されちゃうような事は言わないほうがいいんじゃないかな?」
「…」
「えー、そうなんですか?」
彼女はほんの少しだけ残念そうに言った。
「日野さんと河野さん、お似合いだなって思ったのに」
「ははっ、それは理想を壊しちゃってすまないね。でも…日野さんには僕よりもっと相応しい、お似合いの人がいるから、ね?」
河野はからかうような視線で香穂子を見ながら言った。
「…あの…」
香穂子はいたたまれなくなって、河野に話し掛けようとした。
とりあえず昨日の謝罪と、今の自分の気持ちを素直に伝えないといけない。
そう思った時、練習場のドアが開いた。
「すいません、遅れました」
そう言って入ってきたのは、…蓮だった。
「いや、僕も今来た所だよ」
河野はそう言って、蓮を招き入れた。
香穂子は複雑な思いでそれを見ていたが、気にするはずの河野は平然としていた。
「今回のゲストがヴァイオリニストというのもあって、君達ヴァイオリンパートには先に練習などを初めてもらってる。暑いなか集まってもらってすまない。…で、だ。早速軽い音合わせをしてみようか?」
河野はそう言うと、香穂子の肩を軽く叩いた。
「それじゃあ、コンミス頼んだよ?」
「…はい」
香穂子は複雑な思いでヴァイオリンを構えた。
…このいたたまれない状況で、どうやって練習するのか。
香穂子は困ったように眉を寄せた…、最初は。
だが、練習を重ねていくうちに、ヴァイオリンに…、蓮と音を合わせる事に夢中になっていった。
「ここはもう少しテンポよくいったほうがいいんじゃないかしら?」
「いや、ここはこのテンポでいいと思う。今はヴァイオリンパートだけだからいいが…、他の楽器が入った時に、ヴァイオリンが走り過ぎるように聞こえるんじゃないか?」
「でも…その他のパートになる打楽器関係はそれだと…」
「いや、だから…」
二人の話はヒートアップしていく。
今日が本格的な練習で、今回初めて蓮と音を合わせる他のメンバーは、そんな二人を唖然として見ていた。
「でも…」
「じゃあ、河野さんに聞いてみよう。どうですか?俺と香穂子の意見と、どちらのほうがいいと思いますか?」
「…」
二人の意見のどちらがいいか、指揮である河野に意見を求めた。
だが、その河野からの反応がない。
「…河野さん?」
「え?ああすまない」
蓮が訝しげに声をかけると、河野ははっとしたあと、苦笑しながら答えたのだった。
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